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外科病理診断の手引き
T.はじめに
外科病理は臨床と直結し医療の重要な一翼をになっている。すなわち、患者さんの細胞や組織の変化を観察し、疾患の診断を行い、この内容を臨床に報告する。これをもとに臨床医は治療の方針をたて、患者さんへの説明をおこなう。病気の診断が病理診断のみでないことはいうまでもないが、あらゆる腫瘍の診断は外科病理医に大きな責任があり、消化管、肺、皮膚などの炎症、血管炎や膠原病など多数の疾患に外科病理は深く関わっている。
したがって、まちがった診断は不必要な治療や混乱をうみ、適切な治療や治癒にみちびかないことを肝に銘ずるべきである。的確な診断を行うための第一歩として、簡単でかつ基本的な内容の手引きが有用と思われる。研修医は以下の内容を十分理解し基礎知識にしてほしい。
U.外科病理診断の基本
1.腫瘍の総論
a.−異型は腫瘍診断の基本である−
この領域は外科病理が専門とするものの一つである。特に腫瘍の良悪の鑑別や分類は、外科病理医のみに委ねられた仕事であるから、確かな診断能力がもとめられる。
腫瘍の良悪は、異型の有無を中心として判定される。異型とは腫瘍が発生した正常組織と細胞に対する腫瘍の顕微鏡的差異または隔たりである。腫瘍が正常組織や細胞とほとんど差がない時、腫瘍は異型がないと表現する。逆に、正常とは大きな差がある時、腫瘍は異型が強いという。
間葉系腫瘍の一つである脂肪腫は、顕微鏡で観察するとほとんど正常の脂肪組織と変わることがない。この腫瘍は異型がないので良性である。脂肪肉腫は、細胞核が大きく脂肪滴も少なく、脂肪組織とは似ていないものが多い。だから、この腫瘍は異型があり悪性である。
上皮性良性腫瘍の一つである腺腫は、通常より明らかに腺の増加があり上皮内の細胞密度はやや高いが、腺管の形状や細胞は正常の腺に類似している。この腫瘍は異型が軽いので良性である。腺癌は上皮構造(この場合、腺管構造)を示すが、腺管は不整形で、細胞も正常細胞からかなり隔たったものが多い。だから、この腫瘍は悪性である。
b.−異型はくわしく観察できる−
良性腫瘍細胞は、1)核が小型で、細胞質は広く(N/C比が小さく)、2)クロマチン(ヒストン蛋白のためHE染色で好塩基性に染まる)は、繊細で細かく核内に均等に分布し、3)核小体(リボゾームRNA合成部位)も小さく、数も少ない。そして、良性腫瘍は、1−3の特徴を示すほぼ同様の細胞から構成される。良性腫瘍は、細胞密度が低く、細胞分裂数で観察される細胞増殖能も低いのが一般的である。
悪性腫瘍は、腺癌を例にとると、1)腺管のサイズや形状が不ぞろいであり、一部には腺管の形が崩れた部位がある。2)細胞の配列が乱れる。3)核のサイズが大きくなり、形が不整である。4)クロマチンが増加し、粗造な印象を示し、核小体が大きくその数も増加する。5)これら核の変化が個々の細胞間でばらつきがある。一般に、細胞密度が高く、細胞分裂能も高い。
以上が、良性と悪性腫瘍の細胞や組織像の違いである。しかし、例外は日常的に経験する腫瘍にも存在する。例えば、子宮平滑筋腫には細胞分裂が多いものがある。消化管腺腫は、細胞分裂数だけで腺癌との鑑別は出来ない。また、細胞異型の強い甲状腺腺腫や子宮平滑筋腫も存在する。甲状腺濾胞癌は、細胞異型だけでは悪性の診断はつかない。乳腺の管状癌や篩状癌などは、細胞異型が軽度である。従って、腫瘍診断は、夫々の腫瘍に関する診断基準に基づいて行わなければならない。
c.−浸潤は悪性腫瘍の基本的な性質である−
良性腫瘍は膨張性発育をする。膨張性発育とは、腫瘍と正常組織の境界がはっきりと区画される腫瘍の発育様式である。良性腫瘍は、腫瘍のまわりを囲む線維性被膜をもつことがある。
悪性腫瘍は浸潤性発育をする。浸潤性発育とは、腫瘍と正常組織の境界がはっきりせず、腫瘍が周囲正常組織内に広がる発育様式である。だから、悪性腫瘍は、明らかな浸潤がある時には診断が容易である。
良性腫瘍であるのに、浸潤性に見える発育をするものがある。例えば、消化管腺腫の偽浸潤、皮膚汗管腫や乳腺管状腺腫などである。一方、肉腫は、腫瘍の大部分を膨張性の発育がしめることがある。
癌腫は浸潤がない場合があり、非浸潤癌として臓器によって異なる名称が与えられている。例えば、卵巣では境界悪性、乳腺では乳管内非浸潤癌、消化管では高度異型腺腫ないし上皮内癌(高度異形成)、子宮頚部や皮膚では上皮内癌である。
d.−浸潤の判定は難しいことがある−
浸潤が起これば転移の可能性がうまれる。浸潤の有無は正確に行わなければならない。癌腫は、基底膜を破壊することによって浸潤を開始する。これに伴って間質反応がおこる。間質反応とは、浸潤した癌細胞の周囲に間質結合織が反応性に増加する状態である。間質反応があれば、浸潤ありと判定できる。しかし、浸潤を開始したばかりの腫瘍では間質反応がわずかであるし、この反応が起こり難い癌もある。したがって、さらに具体的な判定基準が求められる。
以下、これらを列記すると、1)基底膜上の腫瘍(上皮内癌)から離れて単個の癌細胞が存在すること、2)複数個の腫瘍細胞からなる不整形の癌胞巣(細胞集団)があること、3)上皮内癌と連続するが不整な突出や芽が出たような(芽出)構造があること、4)上皮内癌とは明らかに細胞が異なる腫瘍細胞であること。1−4の基準は、各臓器によっていずれを採るかに微妙な違いがあるので、詳細は各論を参照されたい。一般的に、浸潤の判定は、低分化型の癌では容易で、高分化型では以上の基準でも難しいことがある。
e.−転移は血管、リンパ管から始まる−
腫瘍は、ある程度の深さ、例えば大腸では粘膜下層、子宮頸部では上皮から3−5mm、に浸潤すると、リンパ管や血管に入る。どの位の深さに浸潤すれば脈管へ入るのかは、臓器によって違いがある。これは臓器によりリンパ管や血管の分布が異なるからである。しかし、一度脈管に腫瘍細胞がはいれば、転移の可能性が生ずる。そして、脈管侵襲の程度が大きければ、転移の可能性は高くなる。
このため、浸潤の程度(深さとして表現)と脈管侵襲の判定は重要である。ただ、実際の判定はかなり困難なことが多い。リンパ管は腫瘍の辺縁部(先端部)を慎重に観察すること、静脈は弾性線維染色(エラスチカ・ワンギーソン染色)標本で観察することが必要となる。
各臓器の腫瘍は、各々に腫瘍の取り扱い規約があるので、これに沿って報告することが重要である。この規約は病理と臨床の共通言語でもある。報告は、出来る限り規約の内容を漏らさずにすることが必要である。規約だけでは不十分ならば伝えたい内容を追加すれば良い。当院では、乳癌ではEIC(extensive
intraductal component;広汎な乳管内進展)や面疱癌の有無、大腸癌ではbd(芽出)の程度と発育先端部組織型等をかならず加えて報告することにしている。
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