免疫組織化学総論
−標本に埋もれていた多数の情報を利用できる−
−蛋白質をもとに戻す−
−免疫組織化学はABC−
−抗原の違いが染色パターンに反映する−
−染色の感度と特異性−
−実際の染色標本の判定−
−病理医失格−
−CD(cluster designation)について−
   

 免疫組織化学総論

−標本に埋もれていた多数の情報を利用できる−
 免疫組織化学は、抗体法検査の組織標本への応用として20年ほど前に始まった。この染色では種々の抗原、例えば、細胞膜レセプター、細胞質内および核内の蛋白質等を比較的特異的に見出すことができる。特に、脾臓リンパ球細胞と骨髄腫細胞のハイブリッド(融合細胞)から作製されたモノクロナール抗体を使用することによって、検査の特異度が高められた。100年ほど前から行われてきた種々の組織化学は、特定の細胞や組織を大まかに染色することが出来る。神経細胞の鍍銀法、弾性線維のエラスチカ・ファンギーソン染色、神経内分泌細胞のグリメリウス法などの特殊染色には優れたものもある。しかし、上記のように免疫組織化学の出現で、従来の染色法では得られなかった(埋もれていた)多量の情報が利用できるようになったといえる。

−蛋白質をもとに戻す−
 蛋白質は、組織標本ではホルマリンなどの固定によって物理的・化学的に新鮮なものと異なった状態で存在する。このままでは免疫組織化学がうまくいかないので、この蛋白質を抗体反応に適した状態に戻す必要がある。このために蛋白分解酵素(protease)処理やマイクロウエーブ法などの加熱処理による抗原性賦活化(Heat Induced Epitope Retrieval=HIER)がある種の抗原に対して行われる.。この処理によって多くの抗原が復活する。しかし、このような工夫によってもすべての抗原を認識することは不可能である。例えば、インターロイキンや増殖因子などがそうである。これは免疫組織化学の一つの限界である。

−免疫組織化学はABC−
 最も一般的なABC法述べるが、免疫組織化学には色々なやり方がある。抗原を認識する1次抗体反応、ついでビオチン化された2次抗体と同じくビオチン化された色素(ペルオキシダーゼが多い)のふたつをアヴィヂンでつけて一次抗体と反応させる2次抗体反応である。このようにして、抗原−1次抗体−2次抗体−ビオチン−アヴィヂン−ビオチン−色素の連鎖が形成される。そして、色素を発色させて観察することで抗原を間接的に認識する。これがavidin biotin immunoperoxidase technique(ABC法と略す)である。

−抗原の違いが染色パターンに反映する−
 抗原の局在の違いが染色の分布やパターンに反映する。例をあげると、DNA合成酵素の一つであるTdT(terminal deoxynucleotidyl transferase)は未熟リンパ球や胸腺リンパ球において、甲状腺や肺の発生期に発現するTTF-1(thyroid transcription factor-1)は肺癌や甲状腺癌などに、エストロゲン・レセプターは卵巣癌、内膜癌、乳癌などにおいて、いずれも細胞核内に染色される。上皮性細胞に発現するサイトケラチン、甲状腺のサイログロブリン、肺のサーファクタント・アポAは、いずれも細胞質に染色性を見る。種々の細胞、例えば、メラノサイト、シュワン細胞、脂肪細胞などにあるS-100(カルシュウム結合性酸性蛋白)、中皮細胞に良い染色性をしめすカルレチニンなどは、いずれも核および細胞質に染まる。リンパ球マーカーであるCD45、増殖因子の受容体であるHER2/neuなどは細胞膜に、顆粒球やマクロファージのマーカーであるCD15、活性化リンパ球の発現するCD30などは細胞膜とゴルジ野にそれぞれ染まる。そして、S-100やneuron specific enolase (NSE)などは染色が均一であり、AFP、HCG、ペプチドホルモン、神経内分泌細胞のマーカーであるクロモグラニンなどは顆粒状に染まる。

−染色の感度と特異性−
 すべての検査には感度(sensitivity)と特異性(specificity)の問題がある。感度は、免疫組織化学の場合、特定の疾患における染色の陽性率である。特異性は、その他の疾患が染色されない陰性率である。この検査の感度はかなり高いが、特異性は非常に低い。特異性が低い理由として、一つの腫瘍だけに染色されるマーカーは一つもなく、多くのマーカーは少なくとも数種類の腫瘍で陽性となることがあげられる。だから、免疫組織化学は形態診断の補助手段として、いかに効率的に数種類の抗体を選択するかが重要となる。

−実際の染色標本の判定−
 免疫組織化学では本来染まるべきものが染まらないことがある。この原因は、抗原の失活、抗体の劣化や特異性、染色技術などがある。リンパ球系マーカーの一部、例えばCD3、4、8などは染色性の不充分なことが多い。逆に、染まらないはずのものが染色されることもある。内因性(組織内に存在する)ペルオキシダ−ゼの影響、血漿蛋白質による非特異的陽性などが原因となる。S-100、NSEなどは染色過剰となることがしばしばある。このような陰性、陽性の判定間違いを防ぐために、陰性・陽性対照をとることが大切である。しかし、現実には同一標本内の対照となる正常組織を目安として済ませることがある。

−病理医失格−
 免疫組織化学は、うまく活用すれば有用な情報を多数提供してくれる。しかし、いつでも「お願いブラウンさん!」、「助けてブラウンさん!」だけで、自分の観察能力を信じないと病理医は失格である。筋肉蛋白が腫瘍で染まったから筋肉腫と診断をつけたが、実は染まったのは腫瘍内に残った正常の筋細胞であったという笑えない話がある。現在は多数の有用な抗体が手に入りつつあるが、「下手な鉄砲数うちゃ当たる」式のオーダーを出す病理医が残念ながらいる。資源のむだ使いであるし、このやり方で決して確かな診断に至るとは考えられない。知恵と知識のない者が検査のオーダーを出してはいけない。

−CD(cluster designation)について−
 血液細胞、特にリンパ球表面マーカーに関する抗体の命名法。1980年代の抗体作製競争で、いくつかの抗体が同一抗原を認識するものであったのでこれらを統一したもの。現在は抗体が認識する抗原そのものを指す際にも使用される。