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~Dr.AoiのNY留学日記~

当院で初期臨床研修、その後循環器科での勤務を経て米国臨床留学された先生からの声をお届けします☆

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青井 俊輔(聖隷浜松病院臨床研修 第5期生)

浜松生まれ浜松育ち、11歳から22歳までアメリカで中高大を過ごし、
浜松医科大学へ編入。卒業後、聖隷浜松病院で臨床研修、3年間の
循環器研修を経てニューヨークで内科研修を開始。
アメリカでの循環器フェローシップへ進めるよう日々奮闘中。
単純比較はできないものの、アメリカ医療で感じた事など発信していきたいと思います。

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2015年9月7日

日米:薬の違い 

「今年こそは」と楽しみにしていたUS openで錦織選手が負けてしまい、すっかり楽しみが減ってしまいました。今年の夏も終わりですね。

 さて、日米の違いについて色々書いてきたかと思いますが、今回は薬の違いについて。
 
 CCUの後ということもあり、循環器で使用する薬の違いには圧倒されます。
 有名な例はβblocker。アメリカではcarvedilolはbid(1日2回)で心不全であっても開始量が3.125mg bid (6.25mg/day)、max量25mg bid (50mg/day)と日本とは大きく違います。実際この投与量でも大丈夫な患者もいるものの、案の定titrationが早すぎて心不全が増悪する人もいます。心不全にエビデンスを持つ他のβblockerでも、アメリカにはmetoprolol succinateはありますが、bisoprololは殆ど使用されません。日本でMetoprololが心不全に使用されないのは短時間作用のtartrate(酒石酸)しかなくsuccinate(コハク酸)がないことです(COMETで示唆されたようにmetoprolol tartrateはcarvedilolほどの心不全予後改善は示されていません)。研修医の頃から岡先生に日本でmetorprololが使用されないのはこの理由だと聞いていたものの、現場で働くことでより強く実感します。
 
 そしてアメリカではARBの使用は圧倒的に少ないです。時折losartan, valsartanなど見かけますが、ACE-Iが圧倒的に多いです。一番多くみるのはlisinoprilですが、CONSENSUS/SOLVDなどで使用されたenalaprilやHOPEのramiprilはbidだからか使用は少ない印象です。
 利尿薬もだいぶ違います。急性心不全で入院する人に対しての当病院の初期治療量はfurosemide 80mg q8h (240mg/day)。とんでもない量です。心不全科からの全体講義でこの投与量を推奨しており信じがたい事態ですが当院では現実です。案の定腎機能が増悪するケースも多く、「入院期間を短縮」という大義名分さえも立たないこともしばしば。日本で使用したことがないbumetanideが使用されることも多くfurosemideより吸収率が高く効果が強いとのこと。サイアザイドも違いが多く、日本で一番使っていたtrichlormethiazideフルイトランは定番薬アプリのepocratesに出てきません。アメリカで一番使用されている印象なのはHCTZ(ヒドロクロロチアジド)ですが、ALLHATなど臨床試験でエビデンスが報告されているのはchlorothalidone。「慣れ」があるのかも知れませんが、chlorothalidoneがあまり使われないのと同様に、高血圧に対してatenololなどの古いβblockerが使用されていることもしばしば。「エビデンスに基づいた治療」といっても国によって使用できる種類や容量でこれだけ違うと、アメリカの文献を日本で鵜呑みにできず、更にその逆も頷けます。
 カルシウム拮抗剤はほぼ同様に感じますが、冠攣縮性狭心症に効果が強いとされるべニジピンはepocratesに載っておらずアジアのみのマーケットのようです。最近ICUでclevidipineという新しい静注用のCCBの存在を聞き当院ではまだほとんど使用していないようですが、半減期が非常に短く使用しやすいようです。
 日本であまり使用した事がなかったclonidineは、こちらで比較的使用されているのを見かけます。α2 刺激剤という特殊な効果から精神的な影響もあるようで、離脱症状の緩和としての効果も見られるようです。薬中の患者が妙にclonidineを要求してくることも多いのですが、「ハイ」になる要素があるようで納得いきます。薬中患者がモルヒネ・ヒドロモルフォン静注時に「痒くなるから」と抗ヒスタミン薬のベナドリルを要求するのも「ハイ」になる要素があるからのようです。
 人種に限っての投与をされる薬もあり、アフリカ系人種の心不全治療にhydralazine/isosorbide dinitrateがA-HeFTで死亡率の低下が証明されていますが日本では縁のなかった話でした。
 日本で有効性を肌で感じたトルバプタンやASVは、有効性を証明するエビデンス(トルバプタン EVEREST trial)が乏しくほとんど使用されていません。一方でPARADIGM-HFでまさにパラダイムシフトが期待されるEntresto (LCZ696)はARB (valsartan)とneprilysin-inhibitor (sacubitril)の合剤で今後の心不全治療での活躍が期待されます。アメリカでは間違いなく多く使用されることとなると思いますが、日本での使用傾向も気になります。
 今回の聞きなれない英語表現:
 silver lining = 映画でも有名ですが、(地上から見た灰色の雲の後ろ側で)銀色に輝く裏地、希望の兆し、どんなに良いときにでも悪いことは起きる、などの意味があるようです。
 Touch base = 病棟で毎日のように使います。連絡を取る、など辞書で乗ってますが、上級医などに連絡する際にお互い同じように理解している(on the same page)事を確認したい(I wanted to touch base with you about…)、といった際に使います。



 写真は久々にお会いした森岡先生と。


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2015年9月1日

CCU

一ヶ月のCoronary Care Unitが終わりました。
渡米後最も勉強になったと言っても語弊がないほど、とても充実した1ヶ月でした。

一つの理由はteaching attendingが世界的に有名な弁膜症の権威だった事。
この方、ノースカロライナで研究をされていた頃、女子医の心外の先生方を受け入れていたとのことで聖隷の小出先生とも一緒に働いていたとのこと、
「Masa」と喜びながら思い出話をされていました。

ガイドラインを書くほど有名な方ですが、驚くほど臨床能力が素晴らしく、
循環器に縛られない知識量に加えて患者の懐に入り込むユーモアと笑顔を持ち合わせており、今後の目標になる最高のメンターでした。

勉強になった内容はあげても切りがありませんが、NOAC (novel oral anticoagulants)や新しい抗血小板薬 (prasugrel, ticagrelor)の使い分け、薬中に対するMethadoneを大量内服している患者のQT延長によるTorsade de pointesの対応、巨大な疣贅で弁破壊をきたした若い薬中患者の手術、
若いHOCM患者のmanagement plan、EF 10%前後の心原性ショック患者をMount Sinaiへ移植・LVAD候補へ送るなど。]

特に移植・LVADが必要そうになった際の対応が早かったのは印象的で、その選択肢がなかったら入退院を繰り返すであろう末期心不全患者もQOLの高い生活が送れる選択肢が与えられることは素晴らしく思いました。ニューヨーク内だけでもMount SinaiとColumbiaがあり、浜松からは移植・LVADの適応だと思っても中々現実的に検討できなかったことを考えると選択肢の幅の違いを感じます。

良いインターン、レジデント、フェローにも恵まれ、最後にはattendingも含めた皆で打ち上げの飲み会をしました。世界的に有名な方ですが非常に気さくな方で、誰よりもお酒を飲みながら刺激になる話をたくさん教えていただきました。渡米を決めたきっかけの一つが、聖隷に来られた森先生に後押しして頂いた一言でした。「こんな考えをする人がいるのか!という衝撃を受けた」という体験を自ら経験したかった事ものの、アメリカの医療に触れても中々そのような経験は得られませんでした。
しかしこの1ヶ月は素晴らしいteaching attendingに恵まれ、
「アメリカに努力を重ねて来れてよかった」と感じる日々でした。
 
これからフェローシップのインタビューが来る時期になるため、より一喜一憂する日々が続きますが、しっかり準備を重ねていこうと思います。
 

今回の聞きなれない英語表現:
 bear down = 力む(valsalvaなど行う際に、排便時などの息む事はstrain)
 guarded prognosis = 予後不良(fair, poor, guarded, criticalなど程度が違うようです)
 quit cold turkey = きっぱりとタバコなどの習慣を断ち切る際に用いられる、特に禁煙補助の薬を用いらずにやめる際(突然禁断状態にする際の特有の鳥肌(状態))
 


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2015年7月22日

Application season 

Time flies when you’re having funと言うものの、
私の場合はただただ不安と共に時間が過ぎ去っていきます。
というのもこの時期は次のステップへのfellowship applicationの時期です。既に渡米して2年が経とうとしており、十分な準備ができたか疑問を感じながらの応募は正直不安で、普段はのび太君の私も寝付けない日が多いです。
 
アメリカでは人気・不人気の科が激しく別れ、まずは卒後の段階で一つ目の競争があり(人気の眼科、皮膚科、放射線科)、内科へ進んだ後はこのfellowshipで二つ目の競争があります。循環器内科(cardiology)は競争率が高いことが有名ですが、実は消化器内科(GI)の競争率が一番高く、その理由は応募数に対して受け入れるプログラムや各病院のポジションが循環器より少ない事が影響しています。当院でも毎年循環器は6人受け入れる所、消化器内科は2人です。その他人気の科は血液内科・腫瘍内科(hematology/oncology)、呼吸器内科・集中治療pulmonary critical careです。
 
今週応募が開始され、約200ある全米の循環器fellowship programから約100に応募しました(金銭的にもばかにならず、応募する数が増えるほど金額が上がっていくという悲しいシステムのため、約100のプログラムで20万円前後)。
優秀な過去の先輩方と比べるのも難しいものの、日本人で応募するという時点でこの100個のプログラムから10個インタビューが来れば嬉しいというのが現状です。恐ろしいアドバイスも頂き、外国人として循環器へ応募するという時点でアンマッチという全滅の可能性も考慮しておいたほうが良いと言われ、厳しい現状を物語っています。当院で残れれば良いのですが、今年は例年以上に循環器志望のレジデントが多く、院内の枠も約束されていません。応募したレジデントは毎日メールをこまめに確認し、連絡が来たら即答できるように事前に9月10月のスケジュールを把握しておく必要があります。初めての挑戦なので不安で一杯ですが、今後どこから連絡が来るか緊張しながらも前向きに臨んでいこうと思います。
 
先月が忙しいMICUだったので勉強になった点をいくつか。
去年も感じましたが衝撃的なのが、terminal extubationという行為が当たり前のように行われていること。
脳死判定されたなどmedically futileと判断された際には積極的に抜管します。ある夜、サインアウトを受けた後にある患者の家族が集まり、「今すぐ管を抜いてくれ」と迫ってきました。色々確認すると既に緩和科や指導医との長い話し合いをされた後で、次の日にterminal extubationの予定だった様子。夜の指導医と相談し、家族ともう一度話し合い、全てを合意されたのでrespiratory techを呼び抜管を行いました。
モルヒネなどの準備はしていましたが、患者は苦しがる様子もなく10分前後で家族に囲まれながら安らかに息を引き取りました。管につながれた「生かされている」家族を見たくないという家族の意思が伝わり、日本であったら希望に応じる事もできずこの辛い状態で只々続きます。緩和へ進む同期はこの行為をより日本で認知してもらうのが目標と話されますが、やはり日本では1998年の川崎協同病院事件が強く影響しているためかすんなり受け入れられるか疑問です。アメリカでは早期から緩和ケアの医師が関わるため、回復が難しい患者はICUからhospiceへ移動となることも多々あり、この点は非常に進んでいると感じました。
 
更にこういったmedically futileな患者がいる際、脳死判定よりも前の段階でorgan donationへ連絡を入れます。担当医師としては家族へ移植の話を避けるよう言われており、詳しい話ができるorgan donationのチームが最初に話をすることで家族が移植に同意するケースも増える可能性があるとのこと。
実際に移植を同意されたケースを初めて担当しましたが、数時間毎の採血に加え臓器保護を目標とした細かい指示があり、organ donationのチームは患者が移植手術へ臨むまで病院で寝泊まりします。心臓手術の際は既に脳死判定された患者ですが心臓カテーテルを行い、肺移植の際は気管支鏡でBALを行います。平均的に数日はかかるとのことですが、移植の話は聞いても実際のdonorは担当したことがなかったので新鮮でした。
 
今回の聞きなれない英語:
 cremation =火葬
 hindsight is 20/20 = アメリカの視力検査では20/20が1.0、臨床的には後医は名医のような意味かと。
 knock on wood = 幸運を祈る、悪いことがおきてほしくない。
こういった時にアメリカ人は壁や机をコンコンとknockします。
まさにfellowship応募中の今の心境。
 
写真はアパートの屋上から見えた独立記念日の花火。



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2015年5月1日

Keynote speakers

 やっと長く辛い冬を越えて春を感じる日々になってきました。
特に夕方から夜にかけての窓からの景色が非常に綺麗で、
日々変化するライトアップされたEmpire state buildingの写真を集めながらいつかPhotobookにしようと考えています。
 
先日初めてManhattanの北にあるコロンビア大学に行ってきました。
CATCHUPという心不全学会に出席する目的で、世界的な有名な方々による講演が聞ける非常に有意義な会でした。
コロンビアはどの分野でも有名だと思いますが、特に循環器領域では著名な先生が多くトップレベルの病院です。
そんな病院で世界的に有名な日本人の先生が何名もいらっしゃいますが、CATCHUPのcourse directorとして参加されていた中先生もその一人で、一度話を聞いてみたいと思っていました。
渡米してから感じてきたのが、同じ医療でも国が違えば言語も文化も違う事による多様性が生じ、単に日本での経験論を語ることに誰も納得はしないということでした。
誰もが納得する知識、もしくは技術がなければ認めてもらう事が困難な社会で、トップレベルの外科医として認められている方の話を少しでも聞いてみたいと思いました。
そんな中先生の講演は衝撃的で、難しい話の間にユーモアを交えることで会場がどっと沸く事も多々ありました。
他の著名な講演者も他の日本人の先生方もやはり話が上手いというだけでなく、ユーモアも交えながらの講演が多く、余裕があるとこれ程聞いやすいものかと勉強になりました。
 

当院もマウントサイナイと合併になってから、ゲストスピーカーとして来られる中に有名な人が多くなった印象があり、
間近でこういった話を聞けるのも渡米後の貴重な体験だと感じます。
 

最近講演で何回か耳にした聞きなれない英語をいくつか。
①The jury is still out
(…の結論はまだ出ていない、「陪審はまだ外で協議中」という意味から)、
 特にこういった学会などで耳にすることが多いと思います。

②have work cut out for…
(たくさんの仕事、難しい仕事を抱えて手一杯になる)
 意外と良く聞く表現ですが未だにイメージがつきにくいです。
 衣類のために切り取った布をcut outされ、
 それを仕上げるのが「大変なことね、えらいこっちゃ」みたいな感じだそうです。




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2015年3月9日

MAR 

日本は春を感じる季節かと思いますが、ニューヨークは先日大雪が降ったばかりで、そろそろdaylight saving timeにもかかわらず春はまだ遠い気がします。寒さが辛い反面、渡米前は毎年花粉症で苦しんでいましたが、今は花粉症症状無く過ごせています。
 
さて、現在はMARという特殊なローテーションを回っています。
Medical admitting residentの略で役割としては多々ありますが、病院のシステムの理解が必要であり主には内科の入院関連の交通整理です。
例えば救急外来から内科へ入院をさせたい患者がいた際、まず内科入院として良いか、そして重要なのはどの病棟へ入院とするべきかをスクリーニングします。病棟毎に特色があり、重要なのはtelemetry病棟へ入院とするか否か。心電図モニターが必要そうな患者はほぼ全てtelemetry病棟に集められ、必要性がなくなった段階で一般内科病棟へ転棟になります。一般病棟でちょっと心電図をモニターしたいと思っても機材がないので不可能で、患者を病棟・チームごと変更する必要があります。更に感染症対策を慎重に行っているため、例えば下痢をしている患者でc. difficileを除外する必要があったら、検査を送った時点でcontact precautionの部屋へ移動する必要があります。その病棟で空き部屋がなければ転棟になります。インフルエンザの場合はdroplet precaution、結核疑いであればairborne precautionとそれぞれに適した部屋に振り分ける必要があります。この部屋移動はbedboardという部署が一任しているのですが、医師でも看護師でもない人たちが依頼を受け、病棟を振り分けます。例えば発熱で救急外来を受診し、肺炎疑いで入院となった患者が、実はインフルエンザも疑わしいとflu swabを提出したらその時点で部屋を変更する必要があります。何となく心疾患の既往があるけど心疾患が関連ない主訴で受診となりtelemetryに振り分けられたら、一般病棟でいかがでしょう、と一般病棟へdowngradeする必要があります。入院となった患者が別病棟へ移動となる場合はまたその部屋は空くので、その病棟のレジデントは再度新たな入院を取る必要があり仕事量が倍増します。最初のスクリーニングでどの病棟へ行くかを決めることの重要性は、実際入院を取る側を経験すると実感します。又、異常値のまま病棟へ送ることで混乱が生じることもあり、lactate 4以上、DKAでAGが閉じてない状態でMICUもコンサルトされていないなどMARのスクリーニングを怠ると苦情の的になります。忙しい時間帯はおびただしい数の入院をスクリーンするので患者を自ら診察することはなく、電子カルテ上の情報や救急外来のレジデントの話から判断しなければいけません。
 
渡米後の最も抵抗を感じる点の一つですが、患者を見ずにdocumentationや検査結果で患者の話をするのが非常に多い事です。これはもちろん日本でもカンファなどでは必然的に行われますが、アメリカではあまりにも患者の移動が多い事、更にチームの引き継ぎが多いため検査値などで議論することが目に付きます。Lactateが正常範囲だからsepticだけどそれほどsickではないだろう、troponinが軽度上昇しているためtelemetryへの入院が必要だろう、など日常茶飯事の会話です。病状の非常に浅いレベルでの会話が多く、「患者」を診ているという感が乏しくなります。更に病棟管理で移動が多いため、努力して病状以上の面で患者の事を知ろうとしても諸々の事情で病棟が変わり違うチームへ変更、など良くある話です。深く関わろうと思っても入院から退院まで同じチームにいる事は決して多くなく、流れ作業の一部になっている感が強く、日本で感じたような関わりが乏しいです。患者側からしても入院中に色んな医師が関わるため、誰が「主治医」なのか実感できず退院していく印象を感じます。システムの影響で患者に責任を持てないレジデントが多い印象ですが、ACGMEの就労時間を守るために変更になったシステムですので複雑です。この就労時間の変更の引き金となったLibby Zion Lawという存在を最近知り、更にこれに関わっていた医師の一人が現在は著名な循環器内科医と知り感慨深かったです。
 
渡米後のもう一つの驚きは面談用の部屋がほとんど無いことです。
日本での仕事の大きな一部が面談で、そのための書面を作るために時間を費やすことが多々ありました。Informed consentの厳しい国だから面談はさぞしっかり、と思っていましたが、ほぼbedsideでの会話で済まされることが多く看護師が同席することなどありません。個室であればまだしも、四人部屋でも普通にbedsideで方針を決め、稀にDNRやpalliativeの話になると家族の待合部屋のような場所で面談することもあります。他科へのコンサルトも非常に簡素でoncallの人をpageし、口頭で議論するのみで対診書を書くなどありません。
外来においても他科へのreferralに書く文書は数文字程度です。このような丁寧さが欠ける面や繋がりを感じづらい面では、日本で仕事をしていた頃の方がやりがいを感じる点が多かったです。
 
今回の聞きなれない臨床英語はopen a can of worms。事をややこしくする、状況を複雑にするなどの意味ですが、臨床的には不要な検査で不必要なworkupをされる際によく用いられます。あ、開けてしまったというイメージがぴったりですよね。




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2015年1月5日

Happy New Year 2015


 あけましておめでとうございます。
 去年night floatだったのと比較すると多少年末年始の気分を味わえていますが、
アメリカの年末年始は非常にドライです。
日本のような1年を締めくくる感じや忘年会などがないため、淡々と普段と同じ勤務が続きます。
アメリカのクリスマスの雰囲気は格別ですが、年末年始は日本の方が雰囲気があって好きでした、多少休みももらえますし。
昔では考えられませんが、アメリカでもネットで紅白やら箱根駅伝やらの日本番組も観れるので日本の年末気分も多少なり楽しめています。
アメリカで挑戦している松山英樹・石川遼の番組なども見ていたら、あれだけ日本で活躍し確率された選手が苦悩している姿を見て勝手ながら気持ちを重ねて見てしまいました。同じゴルフで、日本の大会では来日するPGAトップ選手にも勝てている実力を持ちながらも、アメリカの環境に変わった事で実力が発揮できない姿は経験した人にしかわからない苦悩なんだと感じました。
医師としても渡米したことで実力が発揮できない時は多々あり、言語力のみでは無い、超えづらい壁を感じます。アメリカのレジデントに「やり直しだから簡単でしょ」と聞かれても決してそんな事はなく、とある日本人の先輩は「重力が違う感じ」と返事していましたがその通りだなと感じました。特に自信のある循環器領域でも、循環器のアテンディングとの会話では相手にされない事も多く日本での経験が生かされない辛さを感じます。
 

現在 Asian floor勤務中ですが、半数以上は広東語を話す中国人の患者で、看護師やスタッフも中国人が多いため電話での通訳を通す手間を省けます(英語を話せない患者がいる際は通訳を呼ぶか、携帯で通訳サービスに電話しスピーカーを通じて会話します)。アジア人は訴えを我慢するため、痛み止めなどをprn (as needed=屯用)で処方しても飲まない事が多いです。
対照的に痛み止めを止め処なく要求する患者もおり、特に麻薬・オピオイド中毒患者はdilaudid/morphine/oxycodoneなどと一緒にbenadrylを要求することが特徴的です。特に「痒くなるから」とbenadryl 50mg IV push(iv piggyback点滴静注、ではなく)と要求してきたらred flagです。
他に降圧薬の一つのclonidineもeuphoriaや”high”な気分になるようで、このような合わせ技を要求してくるので、知らないで処方すると患者にとっては思う壺です。
 今年は実際に臨床で出てくる聞きなれない英語を紹介しようと思います。
 Status quo、現状維持という意味で回診中に特に以前と変化がない際に頻用します。
 take… with grain of salt、割引いて聞く・話半分に聞く、といった意味で、EBMがうたわれ論文を基に話をしても全てを真に受けないように、という際に良く聞きます。
 
写真は日本人ファミリーで集まったクリスマス会での一枚です。
 ではでは、2015年もよろしくおねがいします。



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2014年12月3日

米国医療に憧れる人

 Thanksgivingが終わり、クリスマスシーズンがやってきました。
 
先日Cadettoの林先生の「米国医療に憧れる君へ」というコラムを読みました。
 一度講演も聞いたことがあるけど、エネルギッシュで人間的に面白みのある方だと感じました。
USMLE受験する若手医師が増えているとのこと、実際NYの同期で帰国子女ではなくほぼ初の海外生活にもかかわらず英語の壁を乗り越えて頑張っているのを見ると、モチベーション次第で何事も可能だと感じます。
明確に米国医療を捉えていた点がいくつか、分業がすさまじく、個々の医師の手技・技量が乏しい点、defensive medicineによる検査至上主義となっている点は肌で感じます。そして医師同士の競争が激しく、医学部卒業前のUSMLE step 1点数次第で進める科が制限されることや、内科へ進んだ後もどの専門内科へ進むかによりレジデンシー中のリサーチの必要性が大きく別れます。
希望する科、働きたい病院へ行くには常に努力を続けなければいけません。
現実的な注意点がひとつ、アメリカは給料が良いイメージを持っている人が多いかと思いますが、研修医中の給料は決して良くありません。むしろ日本の方が良いのでは。給料が上がるのはattending(指導医)になってからですが、その頃はVISAの関係で帰国の可能性が高いです。
レジデンシー3年間、フェローシップ3年間は貯金を切り崩しながらの生活になりそうです。いずれにしても安易な憧れではなく、困難の連続に負けない明確な目的意識が必要です。
 
最近のトピックをいくつか。
先日すぐ近くのBellevue病院でEbola患者が入院しました。
発熱する前に地下鉄に乗った、ボーリングに行ったなどニュースでも大きく報道され不安の声も大きかったものの、パニックにならないよう呼びかける対応もしっかりしていました。当院でもebolaに関する講義が開かれ、空気感染ではなく体液を介する感染であること、渡航歴の確認を徹底、もし入院したとしても対応するのは特別に訓練した看護師であり研修医ではないこと、など最低限の知識を教わったものの、特に当院では影響を感じない日々でした。
Craig Spencer先生は無事に退院されましたが、Martin Salia先生は亡くなられるなどやはり致死率の高さを痛感します。
 
もう一つ気になったニュースがBrittany Maynardさんについて。
日本と米国で死生観の違いや医療現場での実際の対応の違いを感じてきましたが、この件に関しても驚きでした。以前ICUでの勤務中に何例か脳死判定になった際、呼吸器を止め、いわゆるterminal extubationといった最終的な行為を行うことに大きな抵抗がありました。このBrittanyさんのニュースはhttp://www.fsight.jp/30098 にまとめられていますが、まず言葉の違いに注意が必要。Death with dignityは日本語で尊厳死となりますが、日本での尊厳死とは意味が違います。日本での延命処置を行わず死を迎える、とは対照的にBrittanyさんは医師から処方された内服薬を自ら服用することで死を迎えるというものです。病院などで症状緩和のためモルヒネ持続静注などをするのではなく、自宅で家族に見守られながら、致死量のバルビタールを内服することで死を迎えるというものでした。これにいろんな問題が潜んでいる事は明らかですが、本人にしか理解しえない辛さと苦しみの中でこのような選択肢がBrittanyさんに平穏な死を迎えさせてくれたのであれば、それはかけがえのない選択肢だったのではないかと感じます。死生観は当然人それぞれ違いますし、アメリカでは特にそれが顕著で、各州により法律が違うのもそれを象徴していますが、選択肢として認め吟味議論することで救われる人もいる事を感じました。



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2014年10月28日

~2年目Night float~

 聖隷研修医同窓会は参加できず残念でしたが、100名以上集まったとのこと!
さすが清水先生の人徳ですね。写真を見ても懐かしい面々から会った事の無い方々までいらっしゃり、時間の流れを感じました。

 徐々に冬を感じる日が多くなってきましたが、現在ナイトフロート中であり2週間連続当直なので昼夜が逆転して体にこたえます。
1年目の役割が主に50-60人の病棟患者のmanagement (なぜか病棟によって提出される深夜の採血結果の確認も含め)に対して、2年目・3年目の役割は入院を取る事です。担当病棟が満床であったり、入院自体が少ないと比較的楽な夜を過ごせますが、平均的には4-5人の入院と病棟の急変などで寝ない事が前提です。
朝が来るとday teamに入院患者をプレゼンすれば帰宅可能という日本の勤務を考えると楽なものですが、入院を取りながら50-60人の病状をしっかり把握するのも難しく、急変が起こるときは毎回緊張が走ります。呼吸状態がおかしい、バイタルの異変、意識状態が悪化したなどが起こるとRRTが発動し、夜勤の内科研修医全員が駆けつけます(レジデント4人、インターン4人)。

システムでカバーしている点が大きく、毎回ICUのアテンディングも駆けつけるので、
夜間病状に不安を感じたらRRTを呼べば何とかなる事が多く、
ICUへ転棟になる事がほとんどです。
日本では循環器当直としてcode blueのPHSを持ち、自分で何とかしなければいけない状況だったのと比べると守られているなと感じます。
挿管もなぜか呼吸器・集中治療のフェロー・アテンディングが行う事になっており、内科研修医として挿管を学ぶ事はほぼありません。これは日本の研修医としては致命的ですが、アメリカの細分化された役割分担の中では内科研修医として挿管ができなくても困らないようです。

 日本の急変と明らかに違う点がaltered mental status(意識変容)に対してのRRTが多く、背景としてモルヒネなどのオピオイドの使用頻度が多い事があげられます。夜間の対応で一番多いのが痛みに関する訴えですが、acetaminophenもibuprofenも「何も効かない!」と訴える患者に対してオピオイドを投与する閾値が圧倒的に低いのです。日本でモルヒネ投与の度に用紙にサインをしていたのも懐かしいですが、oxycodone (acetaminophenとの合剤のpercocet)、tramadol、morphine/hydromorphone (dilaudid)などの投与が平気で行われるので投与過剰による意識変容でRRT、診察するとpinpoint pupil、そしてnarcan (naloxone)で回復といった流れは頻繁に遭遇します。DON'T重要ですね(dextrose, o2, naloxone, thiamine)。

 新患のプレゼンをする際に渡米後に気づいた点がいくつか。
アメリカはQT prolongationを非常に気にします。抗菌薬ではキノロン系、azithromycinなどのマクロライド系、嘔気時に頻繁に使うondansetron (Zofran)、haloperidolなどの抗精神病薬、methadoneなどがQT prolonging薬とされています。患者が暴れておりhaldol !
と指示してもEKGは取ってあるか、QTcは大丈夫かと聞いてきます。そんなの若いし他の既往もないし大丈夫でしょ、と思ってもアメリカの訴訟社会では通用しないんでしょうね。肝硬変も非常に多いですが、腹痛や発熱を伴った肝硬変患者が入院したらSBP (spontaneous bacterial peritonitis) か否か腹腔穿刺を行って鑑別しなければいけません。他に入院が立て込んでいても可能性が高い場合はほぼ必須で行わなければいけませんが、ノルマを達成して“certified”されていないとcertifyされているレジデントを探して行わなければいけません。
何か手技を行う際は必ずPT-INRがチェックされている必要があり、透析患者では毎回hepatitis panelが要求されます。
このような決まり事がされていないと後から入院を取ったチームに迷惑がかかるのでなるべく必要な事を行っておく必要があります。

 未だにしっかりシステムが把握できていないのですが、こちらでは入院は全て“(Internal) Medicine”入院であり各科の区切りはありません。そこから必要な科へコンサルトをして指示を仰ぎます。ただ特殊な病棟は存在し、心電図モニターをつけられるtelemetry floorやアジア人の患者やスタッフが多いasian services floorなどがあります。入院の際、失神や胸痛(ACS rule out)などはtelemetry floorへ入院になり、アジア人は優先的にasian service floorへ入院になります。ただ色々と決まりがあるので、contact precautionやdroplet precautionなど個室を必要とする際などに応じてベッドが変わっていきます。入院時はtelemetryが必要だったけど、問題ないから転棟ね、と病棟を変わって行くことは頻繁にあり、病棟だけでなく主治医も担当チームも全て変わります。
アメリカ医療で一番足りないと感じるのがこの一貫性であり、勤務時間の制限やこのような患者の転棟の繰り返しなどにより担当患者との時間は制限され、患者に責任を持つ!と自信を持って言える医師が何人いるだろうと疑問を感じてしまいます。
 最近は景色に癒されることが多いですが、ナイトフロート明けの幻想的な景色でした。




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2014年9月25日

In-training exam, TCT

先日1年ぶりのIn-training examを受けてきました。
毎年行われるこの試験はInternal medicine board examの問題集から出され、点数が低い人は4年目に受ける実際の内科board試験に落ちる可能性が高いと見なされてしまいます。いずれ推薦状を頂く必要のあるProgram directorからの評価も下がりますし、1年かけてMKSAPというACPが出しているboard問題集を定期的に提出しないといけません。
9時間前後という恐ろしく長い試験で去年は小さい机での筆記試験で首が痛くなりましたが、今年は幸いcomputer basedで多少楽でした。この間病棟は試験を受けていない人達がカバー、日本では中々難しいですね。
 
2年目になりelectiveという自由選択の時期が多く取れるので、循環器の研究を何とか進めようと頑張っています。
運良くポスターが通ったTCTという学会に出席してきましたが、非常に刺激の多い数日でした。
毎回の如くですが知識不足を感じながらも、アンテナを広げて何が現在ホットなトピックなのかを勉強してきました。驚いたのがまだ循環器にもなっていないイタリア人の知人、まだ学生のオーストラリアの知人がtop 50 abstractを受賞しており(しかも堂々とoral presentationも!)、やはり身を置く環境によって得られるチャンスは違うのだと感じました。
豊富なデータベースや経験を持ち、名前も有名なボスと働く事の影響力は計り知れません。勿論モチベーションを高く持っているからこそ辿り着いた訳であり、努力と苦労もあっての事だと思いますが。
 
TCTはinterventional cardiologyの学会なので、日本からも沢山参加されており、岡田先生と久々にお会いすることもできました。
PCI全般ですが特にCTOの領域では日本が最先端を行っており、日本人の先生方の活躍を見るだけで痛快な気分です。
日本にいる頃にもっと岡田先生の手技をじっくり見ておけば、と思っても遅いんですよね。その時その時に気付かねばいけない事も、経験不足で尺度が定まっていないと気付けない事が多々あります。自分に負荷を与えてでも色んな経験や場数を踏んでおくと、何気ない出来事もチャンスへ変わるのでしょう。
「あの時こうしておけば」がなるべく少ない人生を歩んで行けるようアンテナとフィルターの感度をあげておかなければいけませんね。

 現在away elective(レジデンシー3年間に1ヶ月のみ、しかも審査があり全員に与えられる訳ではない)という貴重なチャンスをMount Sinaiで過ごしているのですが、病院の規模や雰囲気からして全く別物です。
病院というかホテル。職員食堂、スタバなども充実しています。
循環器としては、カテ室は10室ほどあり、症例数はNYでトップ。
充実したフェローシップを過ごせることは間違いないでしょうが、このトップレベルにマッチするのは至難の業、このレベルではなくても充実したプログラムへマッチできるよう頑張ります。







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2014年7月28日

PGY-2 (post-graduate year 2)

 7月から2年目になったものの、救急に続き休暇といったローテーションであまり現実味がありません。
皆が感じる事ですが、2年目は一番楽な年と言われています。1年目は色々慣れる事が多かったりそれなりに大変ですし、3年目はマッチングがあったり後半はboard試験の勉強があったりそれなりに大変です。しかし2年目は3年目のマッチングに向けてElectiveという形で自由な時間が与えられます。ここでどれくらい頑張るかが肝心で、研究に多く関わり論文を書いたりできれば3年目の段階でマッチングの際に有利に働きます。
 さて救急から始まった2年目ですが、色々学ぶ事も多い新鮮な体験ができました。比較的大きな救急外来で、主にBlue pod, green pod, orange podと分かれる場所にAttending 1人、Resident 3人程で回しています。忙しい時は120人程来る事もありましたが平均は60-70人くらいでした。毎日暖かいご飯や麻薬などの痛み止めを求めてやってくる常連客もいましたが、興味深い疾患の方も多々おり勉強になりました。印象深いのが近日心筋梗塞に対してステント留置された方が突如前日から右上肢と唇の右半分が痺れるという主訴で来院。手の訴えはmedian nerveの支配と一致しており、仕事はコンピューターを多用しタイピングする事が多いため主根幹症候群かと思うものの、唇の訴えが全く合わない。脳梗塞の可能性はよぎるものの40代と比較的若く、運動麻痺はなく感覚のみの訴え、喫煙歴はあるものの他のリスクファクターもなくステント留置後でDAPTを継続している状態の方。頭部MRIは神経内科へコンサルトしない限りあまり取らないとの事でしたし、待ち時間が長いから本人も帰りたいという状況でしたが、何とか待つのを我慢してもらいMRIまで撮った所、左視床にDWI highの病変が。色々調べた所 cheiro-oral syndromeという神経内科からしたら有名な病態でした。
Satpute S, Bergquist J, Cole JW. Cheiro-Oral syndrome secondary to thalamic infarction: a case report and literature review. Neurologist. 2013 Jan;19(1):22-5。勉強になりました。
 
 救外で驚いたのはresidentの代わりにphysician assistant (PA)というポジションの人が医師と全く同じ立場として仕事をしている事。病棟でもPAが主に働く病棟もあるのですが、一緒に働いた事がなく今回初めて一緒に働きました。普通のレジデントと同様の知識を持っている印象で、仕事も非常に早く、このようなポジションのおかげで医師の仕事が軽減でき研究などに重点を置く事もできるのかと実感しました。仕事の分担が著しいアメリカですが、physician assistantのような職があれば日本の医師の負担も軽減するのではと思う反面、現実的に受け入れるのは難しい気もしました。
 救急はシフト制で比較的楽なのですが、日勤と夜勤が頻繁に代わり中々勉強が進まず準備不足が否めませんでしたが、救急ローテーション直後にUSMLE step3を受験しました。USMLEはアメリカの国家試験でstep1, step2 (筆記試験のck, 模擬患者との実技試験のcs)は研修前に受験し、step3は研修後に受けます。アメリカ人はほとんど準備をしない印象で、“3 months for step1, 3 weeks for step2ck, 3 days for step3”といった事を良く耳にします。実際数日から数週間で試験を受けている人が多かったです。それ程フェローシップへも影響しないという話ですが、やはりそれなりに準備しないと気が済まないのは日本人皆同じようで、同期もしっかり準備して望んだとの事。Step3は他の試験より全体的に簡単な印象ですが、唯一2日間の長丁場での集中力が求められます。準備は時間をかけたつもりでしたが、2日目にあるccsというケースのsimulation試験の準備が直前になってしまい準備不十分の気分で望みました。受けた印象としては全体的にスムーズに進めることができ、CCSも比較的順調で、奇跡的に良い経過で終わらせる事ができたケースも。詳細は記載できないものの、出血傾向の患者、血液内科系を最も苦手としているのですが、vW病でDDAVP (desmopressin)で良好な経過に。DDAVPの投与により第VIII因子とvW因子が増加することで止血を促すようです。最近低Naの補正が早すぎた患者に対してDDAVPを検討するケースがあったのですが、改めて勉強になりました。
 
 現在は両親が遊びにきており、1年経って初めて行く所なども多く楽しんでいます。最近studioから1 bedroomへ引越し、窓からも病院ではなくマンハッタンの景色を楽しむ事ができるようになりました。


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2014年6月23日

End of intern year

 渡米から丁度1年が経ちました。
 去年の今頃にバタバタと入居の準備をしていた事を昨日の事のように思い出します。近日病院に面した狭いスタジオからマンハッタンの夜景が満喫できる1 bedroomへ引越しできそうなので楽しみです。

 Intern yearが終わり、preliminaryという他科へ進む同期の三分の一程度はそれぞれの次の病院へ移動していきます。Categoricalで3年共にする同期は変わりませんが、一緒に仕事をしなかった同期も多く日本の研修で感じた同期の一体感はほとんど感じません。
 
 日本とアメリカの違い、特に研修という意味では本当に語り尽くせませんが
卒業された先輩が冗談ぽく説明していた“it’s like working under different gravity”というのが的確だと感じます。まずは略語の嵐に慣れないといけません。One linerといった一文でプレゼンする事が多いのですが、“○yo m w PMHx of HTN, DM, COPD, CAD s/p PCI, p/w BRBPR”
といったのが一例ですが、もっと複雑な略語も多々あります(BRBPR; bright red blood per rectum 鮮血便)。これはもう慣れるしかありませんでした。
 プレゼンが多いアメリカですが、話を聞いただけで患者の全体像が伝わるようにしなければいけません。そのために形式通りのプレゼンが重要ですし、presentationに関連した問診は必ず問われます。Review of systemでのpertinent negativeも必ずプレゼンに組み込みます。更に重症患者の議論の時にはコンサルトの際に血ガス、lactateなどをかなり気にしており、心疾患患者ではtroponinが少しでも高ければACSが否定的でもtelemetry floorへ送られます。EKG変化もないし病歴も違うし擬陽性でしょ、と思っても、それ相応の対応をしないとアメリカではダメみたいです。全く関連ない症状の患者に対して救外がtroponinを何となく出して陽性だったのでtelemetry入院、といったstupid admissionが多々存在します。医療費の無駄使いが多々目につきますが、以前から変わらず今後も変わらない印象です。といっても今年の大きな変化が現在働いている病院がMount Sinaiというよりacademicな病院と統合されました。変化は著しく、各科のトップが次から次へと入れ替わる異例な状態が続いています。より良い方向へ変わる事を祈るのみです。
 
 日本で診療していた事を周りが知っている事も多いので、“こんなのつまらないでしょ”、と聞かれますが、知識不足の私としては分からない事が多々あり、刺激が多い1年でした。患者層、疾患層が違うというのが一番の違いであり、medicalな面では例えば先日頭痛・AMS(altered mental status意識状態変化)で入院した患者はcryptococcus meningitisを発症したnewly diagnosed HIVでした(CD4 4!)。Socialな面でもDrug/alcohol abuse, withdrawalも多いですし、そういった患者が夜中に“帰る!”と暴れだしAMA(against medical advice)で退院としようとするもcapacity(決断能力)が無ければ退院させられない、もしくはelope(脱走)する患者もいます。危険な患者には1:1 といってその患者にずっと付き添わせるスタッフを配置する必要もあります。話せば分かってくれる、の理解を超える患者に多く接すると人間不信に陥りそうになりますが、尚更普通の方に遭遇する時の感動は大きいです。
 
 アメリカのレジデントはやはり厳しい競争を勝ち抜いてここまで来た、というのを感じさせる優秀な人が多いです。プレゼンを聞いても非常にスムーズで質問にもしっかりと答える幅広い知識を持っています。教えるのも上手な人が多く、年下なのにしっかりしていると感じさせるレジデントが多いです。一方で決定的に違うのが手技をほとんど行わない点です。現在ナイトフロートで夜にRRTが呼ばれる際は主にレジデントで何とかしないといけません。IV drug abuser, morbid obesity, sickle cell患者など実際difficult stickの患者も多いのですがルート確保も血ガスも中々できないパターンもあり、日本人の同期・先輩がいる際は心強く感じます。先日久々に緊急femoral central lineを入れましたが、自信がないというレジデントも多く、挿管に関してはFellow以上という暗黙のルールがあるようで、こればかりは経験しかないと感じました。今後渡米を志す方も、アメリカでは得られない経験が日本の研修には多々ある事を忘れないで欲しいです。今までの医師人生を振り返っても、本当に医師になって良かったという感動はほぼ日本にいた頃の経験で、渡米後は“より良い医師になる”勉強は出来ている印象ですが、優劣は付けられないものの全く異なる経験であることは間違いありません。
 
 写真は今年度最後に撮った集合写真、写っていない人もいますが日本人は何人いるでしょうか。
こんな病院他にありません、N programに感謝です。




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2014年5月7日

渡米のメリット

 Golden week、2次救に当たってなければ1年の中でも特に気分が上がる時期ですね。
アメリカでもgolden weekがあれば良いのにと思うものの、アメリカの方が休みは多いので文句は言えません。
 
 先日病院主催のResearch fairが開催されました。
フェローシップを考えているレジデントとしては学会ほど選考が厳しくないので発表する良い機会です。
フェローからレジデントまで幅広い学年から演題が集まった中、最優秀演題に選ばれたのは何と1年目日本人の同期の演題でした。1年目の中でも飛び抜けた知識と経験を持っており、公衆衛生の学位も取得されている方なので比較はできませんが、何と言ってもそんな人が身近にいて色々と話ができるのは非常に刺激になります。
 思い返すと渡米に悩んでいた私は(当時卒後4年目)聖隷浜松へ赴任されたばかりの森雅紀先生へ相談しました。今でも鮮明に覚えていますが、“アメリカへ行く事で、こんな考え方をした人がいたのか!”といった驚きや出会いが待っていたという話を聞き、迷いを捨てきり渡米を決意しました。今の所はそんな出会いがありふれている訳ではありませんが、皮肉にも渡米してきた日本人医師の同期や先輩との出会いが何事にも代え難い貴重な経験になっていると感じています。フェローシップへ向けて努力を続け、帰国子女でなくても英語の問題なく仕事をしている姿を見て、何事も本当に努力次第だと感じます。
 
渡米後に明らかに変わった点として、論文を多く読むようになりました。
ACP journal wise(フクロウ), Qx Readなどアプリで常に新しい論文は目を通し、Feedlyでnow@nejm (MGHのcase record)は最低限目を通すようにしています。iPhone, iPadなどでこれらの情報が得られるのは本当に画期的で、初期研修の頃からこれらを通じて英語の論文を読む練習をしておくと良いと思います。
 
あと1ヶ月で渡米1年。健康に過ごせて来れた事、全てを支えてくれている妻のサポートに感謝です。



写真は学会帰りの飛行機からのManhattan。



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2014年3月24日

Matching season

 3月。特別な時期ですよね。3月9日を聞きながら、聖隷で過ごした1年1年の事を思い返してしまいました。特に初期研修を卒業した年の3月は大きな節目で、同期との別れや新たな出発で非常に複雑な気持ちでした。今年卒業された皆さんも2年間の初期研修お疲れ様でした。これからもこの2年間で得た経験を自信に変えてそれぞれの道を邁進して下さい。
 
 こちらでは全国一斉のMatchingの結果が先日出ました。去年の今頃に渡米が確定した事を振り返ると非常に濃厚な1年でした。医学部編入後からコツコツと準備し、聖隷就職時にも清水先生へ相談し一度は諦めたものの、やっと手にした米国での臨床留学。理想と現実の違いに悩まされる事もありましたが、これが自分で望んだ世界だと正しさを祈りながら歩き続けてきました。何事にも代え難い経験が出来ている事は確かで、自分自身の成長に繋がっていることは間違いありません。一方で先日聖隷から岡田先生がニューヨークへfacultyとして招待されたカテーテル学会に参加した際に感じたのですが、アメリカで内科研修をした、だけでは自己満足に過ぎないのです。現に超重症患者の管理やカテーテルを触る事が無く過ごしたこの時間の間、循環器内科医として必要な能力は著しく衰えています。しかし今は内科全般の知識を深める時間と割り切って勉強していますが、改めて今まで知識不足であったか痛感します。現在の3年目が研修終了後に受験するboard examのため猛勉強していますが、10年毎に更新する必要があり、ベテランのアテンディング医師も受験前は予備校などに通い直すようです。回診中などに垣間見る幅広い知識や常にupdateされた論文の解説など、アメリカの医師は実際の所非常に勤勉です(勤務状況も非常に不思議で、病院外でオフィスを持つプライベートアテンディングの中には突如深夜頃に病棟に現れたりオフの無さも驚きでした)。日本にいた頃は内科認定医の勉強などは意識してすることがあったものの、こちらではまだ残っているUSMLE Step3や毎年のin-training exam(レジデント向けのboard exam模擬試験)の勉強など常に勉強する必要があります。日頃の臨床が日本と比べて楽な分だけ時間は確保されているのは幸いですが、フェローシップの準備も考えると常に何かに追われている気持ちです。でもその先に待ってる何かを信じて負けずに駆け抜けるしかないですね、正に終わりなき旅。

 写真はNYへ講演に来られていた岡田先生との1枚。


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2014年2月18日

Pulmonary & critical care (PCC)

 呼吸器内科and 集中治療。
日本語で並べると一見違和感を感じる人もいるかと思います。
集中治療というと救急科・麻酔科などが担当する事が多い印象ですが、アメリカでの集中治療は主に呼吸器内科が担当します。ICUのローテーションではPCCのアテンディングやフェローが指導にあたり、Rapid response team (RRT)やcode 77 (code blue)の院内放送が流れると現れるのは循環器内科医ではなく呼吸器内科医です。
日本でCode blueのPHSを一人で持つようになった頃、先輩に聞いたのが「気道確保できないケースが一番怖い」でした。聖隷で程々急変には強くなった方だと思っていましたが、やはり気道が確保できなかったらクイックトラック?!と思うと恐かったです。現在の病院で2回程気道関係の急変があり、共に既に気切された患者でしたが、一人は極度の痰詰りで吸引後は事なく終えたものの、一人は気切より末梢での問題で、吸引しても何をしてもバッグが固くて押せず徐々に意識が遠のいて行くのが分かる恐ろしい状況でした。残念ながら救えませんでしたが、どんな時間でも自分一人で対応することは皆無で、code teamのレジデント、急変担当のPCCフェローやアテンディング、挿管困難であれば麻酔科医が、緊急気切を要する際は耳鼻科が駆けつけます。循環器関係の急変でなければ循環器が駆けつけることはありません。急変となれば循環器と思っていただけに非常に驚きました。このPCC、集中治療フェローシップの人気も高く、1位の消化器内科・2位の循環器に次ぐ人気を誇っています。当院のPCCではエコーに力を入れているとの事であり、フェローは日常的に肺エコーでA line/B lineを見る事も行っていました。(http://journal.publications.chestnet.org/article.aspx?articleid=1090085、聖隷にいた頃にやっておけば呼吸困難の鑑別で有効だったのでは後悔) Hematology/oncology(血液内科・腫瘍内科)がいるため呼吸器内科医が肺癌を見る割合は少なく、急性疾患が好きな人が多く選ぶ事が多いようでICU bookのPaul Romano先生もPCCの先生です。

 写真はPCA(採血・バイタルなどのみをチェックするアシスタント)が常に使用している機械達。血圧・脈・O2 sat(波形付)・体温とこれ一つ持って行けば確認できます(体温は二つ目の白い物体の先端を患者の額などを撫でるように動かすと5秒程度で測定できます、やってるのを見ると正確なのか疑問に感じますが)。後ろに写ってる物体は体重計(身長も?)でベッドサイドまで移動できるのでありがたい事に体重測定率はかなり高いです。





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2014年2月9日

Melting pot

ナイトフロートが終わり、忙しいという評判の病棟へ移動してからあっという間に1ヶ月が経ちました。今回は初めて直属に医学生が付く体験について書こうと思います。

 日本で実習生や初期研修の指導の経験もあったので、噂に聞いていたアメリカ医学生のお手並み拝見と思い余裕を持っていたものの、驚きの連続でした。
朝は他の研修医より早く来る事もあり、患者とのコミュニケーション、プレゼンテーションの上手さ、担当した症例についての文献検索、どれをとっても想像以上でした。実習の間の全ての行動が評価の対象になるため、あからさまに見える所のみ努力する学生も当然いますが、私についた学生は非常にバランスのとれた落ち着いた青年で生い立ちについて聞いた時に納得しました。なんと彼はアフガニスタンで生まれ、3歳の頃には難民となり、何度も命の危険にさらされて生きてきたとのことでした。幸運にもアメリカに亡命してきた後も常に努力し続け、医学部に合格し、4カ国語を操り、壮絶な人生を感じさせない程明るく、正にムードメーカーとしてチームの良き一員として機能していました。スペイン語もペラペラなので、常に通訳としても活躍していました。アメリカ、特にニューヨークには色んなバックグラウンドを持った才能豊かな人達がゴロゴロいるため、常に自分も頑張らねばと背中を押されている気持ちになります。(その学生が大学のホームページで特集されていました、

http://www.einstein.yu.edu/features/stories/924/samim-atmar-a-long-journey-a-familiar-destination/)。
 
そんな彼はAlbert Einstein college of medicineという医学部の学生ですが、今年の夏からは現在の病院が吸収合併したためMount Sinai school of medicineの学生が実習に来る事になります。
この吸収合併はかなりNYではbig newsで、内部の人間からしても今後どのようになって行くのか不透明な部分が多く上層部はピリピリしているようです。研修医としては有名なMount Sinaiでの実習が出来るようになればメリットは大きいのですが。
 写真は1ヶ月過ごした病棟からの景色。






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2014年1月1日

おけましておめでとうございます

 個人的に非常に濃厚な1年だった2013年も終わり、当直しながら2014年を迎えました。聖隷の皆様には医師になってからの5年間本当にお世話になり、心から感謝しています。そろそろ忘れられる時期かと寂しく感じる事もありますが、このブログという形で少しでも情報発信できれば嬉しいです(「いいね」ボタンがあると尚更嬉しいですが)。

 クリスマス前から年明けまで、Night floatという当直のみのローテーションを回っており、年末年始も病院漬けの状態でした。企業はアメリカらしく完全に休みですが、病院は12月25日と1月1日以外は普段日と同様な体制です。週1回の休み以外は2週間連続の当直だったので、毎日時差ぼけのような状態です。日本では連続勤務という意味でもっと体力的に厳しい時はあったものの、夜勤のみはやることが無かったので、深夜続きの看護師さん達の大変さを実感しています。
 
渡米してからの半年間で思う事は多々ありました。ある程度循環器医として力も付いてきた段階で、その力をフルに発揮できないgeneralな内科のinternという形で働くことは思った以上に大変でした。慣れ親しんだ環境というのがいかに心地よかったか。システムも言語も人種も文化も宗教も違う環境に飛び込み、今になっても戸惑いを感じる毎日です。一方で、得たものも大きいです。一番に感じるのは渡米してなければ出会えなかった人達との出会い、その中でも同じ苦労を経て渡米した日本人医師の同僚の存在が大きいです。渡米するだけでもイバラの道ですが、これからがスタート地点でまだまだ高い山を登らないといけない中、へこたれずに頂上を目指し努力を怠らない人達に囲まれて毎日過ごしています。イチローのように、現状に満足せず、常に成長して次のステップへ進めるよう努力する必要性を日々感じています。いかに勉強不足だったかを感じる事も多く、他人に納得してもらえるには「日本ではこうやってた」という薄っぺらい経験ではなく、EBMという根拠が必要だと痛感します。今後も現状に満足せず、淡々と目標に向かって努力し続けることができればと思います。
 皆様良いお年を。2014年もよろしくお願いします。





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2013年12月2日

Infectious disease

早いもので既にThanksgivingが終わり、アメリカは一気にChristmas Seasonに突入です。外はだいぶ寒くなってきたものの、central heatingが入ってからは熱いと訴える患者も多く扇風機が回っている病室も少なくありません。寒さが苦手な私ですが、朝真っ暗で0度近くの中も白衣一枚で頑張って通勤しています、病院が近くて良かった。
 
 今月はInfectious diseaseの病棟勤務。
一昔はHIV患者を主に診る病棟だったようで、現在のteaching attendingは1981年の発見以来ずっとHIVに携わってきた専門家です。恥ずかしながらHIVに関する知識がほとんど無く、日本でHIV陽性の患者を受持った事が一回もありませんでした(CD4<200, AIDS-defining infectionでAIDSの診断というのも知りませんでした)。一方で同僚の話によると現病院の入院患者の25%程がHIV陽性とのこと(正確なデータではありませんがそう言われても違和感が無い程多いです)。採血が困難な患者も多く動脈採血を依頼されることも少なくありませんが、気が気でなりません。
 
 しかしHIVに対する印象がこの1ヶ月でだいぶ変わりました。知識不足のイメージでは明らかに「怖い」感染症の代表格でした。Musical 「Rent」でも描かれているように、どこか「死」に近い印象でした。ところがteaching attendingの言葉を借りると現代のHIVは「糖尿病」のような慢性疾患であり、しっかり知識を付け内服薬を継続すれば十分コントロール可能になっていると。実際attendingが同僚teamに問いかけた「HIVと糖尿病、なるとしたらどちらを選ぶ」に対して同僚3人は皆HIVを選んでいました。当初は非常に違和感がありましたが、HAART (highly active antiretroviral therapy)がそれだけ進みcombination drugも多くなり、1日1回のみの内服で副作用も少なく安定したCD4 count, viral loadを保てる患者が多くなっているとのこと。糖尿病との比較で一致するのが患者のadherenceの問題。糖尿病の自己管理の悪い患者がそうであるように、HIV患者の大半は自己管理が疎かであり、先日も自分のHAARTを売りさばいて麻薬を買っており、CD4 50以下でPneumocystis肺炎が再発し入院になっていました。HAARTの薬は奥が深くとても覚えられませんが、実際の臨床に大きく影響するので病棟の壁にも一覧表が貼ってあります。Infectious diseaseの前のローテーションではcystic fibrosis患者を多く診る機会があり、これまた知識がほとんど無かった疾患であり学ぶ事が全て新鮮でした。HIV患者では免疫不全状態になっているので他の感染症の鑑別も広く考える必要があり、Cryptococcus, Histoplasma, Coccidioidomycosis, Blastomycosisなど過去に気にもしていなかったUSMLEでのみ勉強した疾患についての理解も求められます。抗菌薬に関しても日本では一度も処方したことがないBactrim(ST合剤)などの活躍の場も多く、知らない事に直面する事ばかりです。HIVが増加傾向の日本においても決して他人事ではないと考えると、こういった極端な場所で研修できるのも本当に良い勉強になっている気がします。特に感染症希望の医師にとっての米国留学の意義を実感します。





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2013年10月28日

「Death and what follows…」

1ヶ月のMICUローテーションが終わり少しリラックスした外来の2週間へ移りました。
 日本ではあまり経験しなかった色々な症例も経験しましたが、特に映画”Hitch”のWill Smithがなったような激しいangioedemaが立て続けに3例入院しairway protectionの為に挿管になった症例もありました。
長年継続していたLisinopril(ACE-inhibitor)が原因だったようですが、新規導入後でなくても起こりうる事は知りませんでした。そして病態生理的にもbradykininが密に関わる点も頷けます。日本ではARBが頻用されているからか経験なかったものの、ARBへ移行しても再発リスクがあり、RAS阻害薬は再開禁です。薬に関してはやはりACE阻害薬のエビデンスが多いため、ARBは咳嗽などの副作用が無い限りは処方されることはありません。
日本で次々に出るDPPIV阻害薬もこっちではほとんどJanuviaで日本のような豊富なラインアップはありません。
 
 前置きが長くなりましたが、今回は死・死後について書きたいと思います。
この1ヶ月で、連日数人単位で亡くなる日が続きましたが、驚いたのはそのドライさ。死期が迫っている際に面談しようと思っても面談室のような部屋は無く、待合室もしくはbedsideで行う事が多いです。看護師がこういった会話に関わることもほとんどなく、Attendingが時間をかけて面談しても1週間単位で交代し研修医も頻繁に交代するので、実際の死亡の際はほとんど病状を知らない研修医が説明することになることもしばしば。
 一般病棟で患者が亡くなる際も日中の担当医が呼ばれる事はなく、night floatチームで全て対応するため、朝来たら担当患者が死亡退院しているケースもあるようです。今の所クレーマー家族は経験していませんが、トラブルになりうる状況が目に見えていてヒヤヒヤします。熱心な家族は死期が近いと理解し病院で待機するケースもありますが、部屋が用意されていたり簡易ベッドがあるわけでもなく、待合室のソファで寝ているケースが多いです。
 
 ではいざ亡くなるとどうなるか。DNR/DNIだった際は死亡確認を行い”time of death…”と宣告します。家族が病院に居る際はbedsideなどで説明しますが、待機していないケースもしばしば。英語を全く話せない中国人やヒスパニックの人も多く、電話で通訳を介してすぐに病院へ来るように伝えます。驚いたのは家族が病院へ数時間以内に来られないケースは、家族を待たずにmorgue(遺体安置所)へ移されます。遺体安置所はとても家族が会いに行くような場所ではないらしく、morgueへ移されたらもう会えるのは葬儀屋が遺体を受け取る際になります。そして誰かが亡くなると真っ先に連絡があるのがorgan donor networkの担当者。常にorgan donationの可能性が無いか徹底しており、担当医は患者情報について説明する必要があります。そしていざご遺体を病棟から送り出す際も、日本で行われるような全員で誠意を持って送り出すような事はなく、transporterが検査の際と何ら変わりないように遺体に布をかけて引き取っていきます。そのドライさを見た一方で、死期が近い人を病院内にあるhospiceへ送るケースも経験し、いかにもアメリカ人らしい温かい家族が全員で一緒にhospiceへ移動していき、hospiceでどうような時間を過ごせるのか興味深く感じました。

 今月はどこへ行ってもカボチャ一色。そろそろHalloweenですね。




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2013年10月11日

Nurse-run ICU

一時期暖かさを取り戻していたNYも本格的に寒くなってきており、早く暖房に切り替わらないか祈る毎日です。
 
MICUも残るところ1週間ですが、米国医療を経験して感じた大きな驚きをいくつか紹介したいと思います。
 
一つはとにかく看護師主導だという事。
日本で集中管理をしていれば必ず医師がチャートに薬の投与量を記載し、調整も医師の判断で行われ看護師に伝えますよね。
米国は全く逆なんです。薬の選択はもちろん医師がやりますが、調整するパラメーターを記載すると看護師の判断で投与量が調整されていきます。
例えばseptic shockで呼吸不全も伴い挿管された患者が入院したとします。
鎮痛鎮静薬に加えnorepinephrineなど考慮されますが、鎮痛鎮静薬(主にfentanylとpropofol)はRASS score -1 to -2で調整と記載するだけで、後は看護師の判断で投与量を調整します。
カテコラミンもMAP >65などと記載するだけで後は看護師の判断でどんどん変わるので、医師の方が看護師にカテコラミンの投与量を聞きに行くという正に逆の状況です。
ICU管理の特殊トレーニングを受けている看護師ばかりで長年勤務している人が多いので問題ない場合がほとんどですが、血圧計に振り回されてカテコラミンが中々切れないケースも見かけます。いずれにしても看護師に主導権が与えられているので、患者管理に貢献している点が多く発言力も圧倒的です。回診中に必ず担当看護師も付くのですが、attendingは必ず看護師の意見を求めます。
今日抜管できそうかという議論をしてても看護師がまだ早いと言えば、その通りになります。米国には資格が色々あるのも有名ですが、Registered Nurse(RN), Nurse practitioner(NP), PICC nurseなど看護師は特に色々な資格があり、常に勉強している印象を受けます(http://ameilog.com/junkokumakura/2013/02/14/083344)。
 
抜管に関しても米国では医師がやる事はありません。
回診などで抜管の判断となればRespiratoryの専門技師が医師不在でも抜管しています。勿論慣れたものなので誰がやっても変わりないのでしょうが、気になるのは再挿管の率が多い印象があります。当然原疾患に影響され超肥満の患者の時が多いのですが、Obesity hypoventilation syndrome (OHS)という症候群が有名なように、抜管の判断項目は満たしていても再度呼吸不全に陥る事が多いです。更に日本ではあまり経験しなかったのですが、挿管チューブのカフをdeflateしても脇漏れしている音がなければ気管が浮腫状になっている事が予想されステロイドを数日間投与した後に再度検討になります。ここまで色々検討して抜管しても再挿管され、結果的に気管切開になるというケースが多い印象です。前回ローテートしたRespiratory step down unitではこのように気管切開になった患者も多くtransferされてきました。
 
医師の仕事としては頭をフル回転に動かし方針を決める事が主で、実際の業務はかなり細かく分担されている事を日々実感します。実際業務の負担は減る気がしますが、何が起きたか教えてくれる訳でもないので、患者情報の把握は中々困難です。
 
最近の寒さからか重症の入院が続いており、先月からMICUで亡くなる患者の数が平均に比べて圧倒的に多かったようです。こちらの死後の流れも驚きが多く、次のテーマとして書いてみようと思います。
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2013年9月30日

医療機器

 アメリカでは普通に使われるものの、日本で見た事が無かった医療機器について書いてみようと思います。
 
 循環器として必需品となっているのがNIV (non-invasive ventilation) ですよね。
高齢女性、血圧高値、呼吸不全になり救急搬送、SpO2 60%台と聞いてもNIVで挿管せずに良くできることも多々有ります。こっちでもNIVは頻用されていますが、PhilipsのBiPAP Visionという機種で個人的にはtrilogyの方が小さくて好きでした。
ではNIVほど必要としていない呼吸不全の患者に対しては?最近連続でhigh flow nasal canulaという面白いコンセプトの機器があり非常に効果的な事を目の当たりにしています(日本語のサイト:http://www.jseptic.com/journal/49.pdf)。

当然一般のnasal canulaは鼻からの酸素投与になるので乾くなどの不快感もあり投与できる酸素量の上限があります(ある研修医が10Lに上げるのを見て目を疑いましたが)。しかし、加湿しながらしかもhigh flowで投与することで、息を吸う度に新鮮な酸素が入り不快感なく高濃度酸素を吸う事ができます。しかも口・咽頭まで酸素が充満するため解剖学的死腔が減るとのこと。かなり重症のPCP患者で、BiPAPは口が渇くから長時間装着できなかった人もhigh flowは非常に楽だとやっと休めると話していたのがその効果を物語っていました。マスクに関しても一番FiO2が高く供給できるリザーバーマスクはnon-breather maskといいますが、その前の段階で使う定番マスクにventuri maskがあります。商品名でventimaskともいいますが、high flowの酸素に付けるピースの色によって供給できるFiO2を調整できるというマスクです。
(http://www.shulmanusa.com/Nursingpdf/Pruitt%20and%20Jacobs%20-%20Basics%20of%20Oxygen%20Therapy.pdf)。
 
 ルートに関しても驚く事があります。こっちではルートが入っているとそのラインから採血することがかなり多いです。
ルートの腕に駆血帯を巻いて、血液が引ければそれで良しとしているようです(最初の数ccは破棄しているとは思いますが)。
CVに関しても同様で、CVがあれば確実にそこから採血しています。血培に関しても1セットはラインから採取することが推奨されています。連日採血があるICUでは特に”hard stick”でほどほど重症であればCVを入れることが多いです。ではCVが詰まったらどうするか。なんとtPA (alteplase)をルートに充満する分のみを入れ、1時間後に回収するという手法がルーチーンで行われています。私も先日一人症例がいたのですが、半信半疑だったもののしっかりルートが復活するんですね、びっくりしました。
日本ではCVから採血なんて!という考えでしたが、患者からしたら刺されない分嬉しいですよね。
 
 ここで、アメリカ医療の最も大きな驚きの一つですが、アメリカでは1号液・3号液などといった補液がありません。
Normal saline (生理食塩水)、1/2 NS、D5W (5%ブドウ糖)が主で、漫然と維持輸液をするケースがほとんどありません。血圧が下がったから生食、K・Mgなどが下がったらその分の追加分を点滴するといった形です。栄養は口から、もしくはNG tube/OG tubeからの持続(?!)注入で、静脈栄養などのTPNのケースはほとんどいません。ルートは抗菌薬などが投与されていなかったらロックされていることがほとんど。抗菌薬に含まれる水分もpre-mixの量が投与されるため、Inの水分量を厳密に考えて投与することはほとんどありません。勝手が違いすぎてこの点はまだまだ慣れませんが、これで患者は何とか良くなっていくので不思議です。
 
 最後にこっちのベッドはほとんどが高性能で、ベッドのまま完全座位にできたり、無気肺予防のマッサージ機能があったり、レントゲンの際も患者を持ち上げる必要がないようなスペースがあります。先日500lb (220kg)?!の患者が喘息増悪で入院し、レントゲン撮っていましたが持ち上げる必要が無いのは大きなメリットですね。
 N program卒の岡田先生からメーリングリストで回ってきました、
carenetで興味深いプレゼンテーションが無料で視聴できます。http://carenetv.carenet.com/genre.php?gen=3


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2013年9月28日

MICU

日本では東京オリンピック決定、半沢直樹の大ヒット、マー君の大記録、広島カープのCS進出、同期Kの結婚式など明るいニュースが多いですね。
こっちでは先週からMedical ICUのローテーションが始まりましたが、忙しく刺激の多い日々を過ごしています.

 ローテートする科によるのですが、アメリカ研修の一つの特徴として朝が非常に早いという点があります。現在のMICUのlong callでは朝6時にはpre-roundするので、5時起きという毎日で朝が苦手な私にとっては非常に苦痛です。そしてcentral-heating systemでまだ暖房に切り替わっていないため、夜の病棟は冷蔵庫のような寒さになっており、91歳のおばあちゃんも毛布にくるまって寒い寒い言ってます。早く暖房に切り替わってほしいものです。
 
現在のMICUになり、勉強になる点や日本で見ることが一切無かった症例を多々経験しています。どの患者に対してもシステム毎にアセスメントをするというのが特徴で、problem list毎に分けるのではなく、漏れがないよう、neuro (pain)・cardiovascular (volume status)・respiratory・infection・endocrine・GI・Renal/electrolytes・heme (DVT prophylaxis)・skin (CV/foleyなども)・disposition(code statusなど)に分けて評価します。]
初期記録・毎日のカルテもこの形式通りに記載し、必ずCV/foleyの有無を確認しなぜ必要なのかを記載しなければカルテを完成させることができません。

初期記録(H&P)に関してはHIV検査についての必要性、code statusについての記載もなければカルテを完成できないようになっており、徹底してこれらを意識するようになっています。慣れていないシステムでしたがこのように毎日assessmentすると気付いていなかった点も多々あった事に気付きます(DVT prophylaxisしてなかった、そういえば電解質異常あったからrepletionしなくちゃ、etc)。症例に関しても前回のstep down unitからの3週間でPneumocystis carini pneumonia で入院になったnewly diagnosed HIVが3例、sickle cell crisis、Wegener’s, benzo withdrawal, methadone overdoseなど、日本では見る事もなく知識もなかった疾患に関しての知識がつきました。Methadoneはheroinなどの麻薬中毒に対する治療として使われるものの(New Yorkは特に薬中の人が多いためmethadone clinicが散在)そのmethadone も乱用してoverdoseになり動悸めまいで来院しQT延長で入院するケースが多々あります。救急外来での研修は2年目らしいのですが、毎日3分の1は薬中・アル中で夜寝る場所を探しにきている患者みたいで、こっちの研修医は離脱症状に対する対策は慣れたものです。
でもやはり一番多いのはOHS (obesity hypoventilation syndrome)ですね、身体所見のgeneralにmorbidly obeseと記載されます。
 
写真は毎日昼のnoon conferenceの様子です。
次はアメリカで進んでいると感じる医療機器について書いてみようと思います。




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2013年9月17日

米国式?

日本は台風で大変な様子ですね。
ニューヨークは今の所カラッと晴れた日々が続いていますが、去年のSandyの頃はlower Manhattanが数週間完全停電になったようで20-30階建てのアパートで電気・水無しの生活が続いたそうです。その頃のBeth Israelでの様子がNEJMでも掲載されました(http://www.nejm.org/doi/pdf/10.1056/NEJMp1213844)
今年は大事にならないことを祈るしかありません。
 
 このブログで書ければと思った大きなテーマの一つは日本とアメリカ医療の“システムの違い”についてです。
善し悪しで語れる程簡単なテーマではなく、更に色んな次元での違いが存在します。
 
あくまで私の主観ですが、働いてみて決定的な違いを感じるのは、日本では医師一人一人の自己犠牲の上で成り立つ丁寧な医療が行われている事です。こちらの研修病院はACGME accreditationを受けるために研修医の勤務時間が制限されており、それに伴って行われる引き継ぎ業務が山のようにあります。ローテートする科によりますが、その日の業務が“short call”, “long call”, “night float”に大きく分かれ、shortは朝から午後5時頃まで働いた後longへ引き継ぎます。Longは他のshortの患者も含め夜8時のnight floatが来るまでの診療をします。
そしてnight floatが日中のshort/longの患者の全ての引き継ぎを受け、朝まで病棟管理・入院を担当します。病棟にもよりますが、night floatは複数の病棟の患者を引き継ぐため多いと40-50人の患者を引き継ぎます。それも詳細な引き継ぎなど限られた時間でできるはずもなく、夜に起こりうる事・対応方法のみ伝えられ、何か起きた時に対応する、という実際に身を置いてみると出来るはずの無い事が平気で行われています。引き継ぎに伴う事故が多いなど報告も散見されるようですが、当然ですよね、出来る訳がないですから。引き継ぎのみでなく、病状次第で転棟・転科となり(ICUからstep down unitや一般病棟)完全に違うチームが診療にあたるため、継続して同じ患者を見ることがあまり無く、入院の最初から最後まで同じ医師が担当するケースは多くありません。従って対応する能力を磨くことや多くの疾患を見る機会はありますが、主治医の自覚を持って継続して患者を診るという当たり前の事が行われていない気がします。

“患者を見ないで疾患を見る”、そんな風に成らざるを得ないシステムな気がしています。勿論マイナスな点だけではありません。一人の患者に対して各科のconsult serviceが診察に来るため、より多くの専門的な知識を持った医師が関わる事で導きだせる答えもあります。痛みに対してはpain management, 心臓に関しては循環器、呼吸管理に関しては呼吸器と、それぞれの専門が見ることでより良い選択が出来るようになっています(個人的には “too many cooks in the kitchen”という表現がぴったりな、色んな意見が飛び交いすぎて前に進まない事も目の当たりにしましたが…)。
 
 日本で、特に自ら経験した聖隷において、医療に関わっている各職種の方々がいかに素晴らしい医療を提供されているかが伝わればと思います。しかしそれに伴う自己犠牲もありますよね。長引く業務が終わった後には “更に良い医療を提供できるように”といった勉強・研究に割く時間は限られます。欧米社会で大前提とされる家族との時間も犠牲になります。この留学において一番の課題は、米国が間違いなく優れている臨床研究・論文や発表による情報発信のKnow-howについて勉強し吸収することだと考えています。
 
 どうも長くなってしまう傾向なので、今度からは手短かにしようと思います。写真は同期Kのお祝いメッセージを撮るために行ったbrooklyn bridgeです。気軽に名所を訪れることができるのは楽しいですね。


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〜既に2ヶ月〜

早いもので研修開始から2ヶ月が経ちました。
ニューヨークは既にかなり涼しく、病院内も鬼のように冷房をかけるので風邪を引かないか心配です。
マスクをして防ぐ、という風習もないので手洗いうがいの徹底です。
 
私の研修病院では2週間の外来と6週間の病棟を交互に繰り返します。
6週間の病棟は2週間・4週間を別の病棟でローテートするので、短期間で環境が目まぐるしく変わり中々慣れません。
その都度resident/attendingが代わり、看護師・病棟のお作法に慣れる必要があるので中々大変です。聖隷の初期研修中に2ヶ月単位のローテでやっと慣れた頃に移動する感覚が懐かしいです。ローテーションは○×科ではなく、○×病棟を回るという形で、病棟によって当然特色はあるものの基本的に内科病棟として様々な疾患に対応します。日本と根本的にシステムとして大きく違うのは、1年目(intern)、2年目or3年目(resident)、上級医(attending/hospitalist)がチームとなり専属病棟で対応可能な患者であれば疾患の専門性に関わらず担当します。
専門科はconsultを受けた場合に対応しますが、主治医として受持つことはありません。集中治療が必要であればMICU (medical ICU), CCUへ入院となり、挿管・カテコラミンなどの持続点滴が必要なくなった段階で一般病棟へ移動となります。現在ローテ中のRSDU(Respiratory Step Down Unit)という病棟は病状が比較的安定した気管切開後の患者が多いです。このように病棟それぞれの特色に応じて患者に対応し、その病棟を回っているチームは専門性に応じて専門科と相談するというシステムです。
先日も日本ではまず見ないSickle cell crisesでexchange transfusionを受けた患者を担当し、専門的な知識はHeme/oncやpain managementなどへ相談しrecommendationをもらいながら診療します。分からないことはすぐ相談できる環境は良いのですが、研修医の主な仕事の一つはこの他科との電話係・連絡係で中々ストレスです。
 
今日は9月11日、同じローテーションの同期が当時EMS(救急隊)の一員として現場にいたという話を聞きました。当時の話を平然と話してくれましたが、色んなバックグラウンドを持った人達が集まる中で働く驚きや発見を改めて実感しました。先日グラウンドゼロへ行った直後だったので感慨深く感じる一日でした。





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2013年9月3日

こんにちは。
2013年7月からNew York のBeth Israel Medical Centerで研修を開始した青井俊輔と申します。
浜松医科大学を卒業し、聖隷浜松病院で初期研修・循環器研修を経て長年の目標であった米国臨床留学がスタートしました。
この度恩師の清水先生から提案を頂き、米国臨床留学に関してブログを書く事になりました。
帰国子女で日本語にやや難のある私がブログを書くなんて?!と聖隷の同期が茶々を入れそうですが、実際に米国で医師として働くのはどんな感じか、そんな情報を少しでも紹介できればと思います。
渡米してみると沖縄中部、海軍病院、聖路加などは頻繁に耳にしますが、浜松というキーワードでつながる人はほとんどいません。そんな浜松からもこうやって米国で頑張れる、というメッセージを元に、少しでも今まで育ててくれた方々へ恩返しができればと思います。


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