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研修医の声 第2期生(2007年3月修了)


2年間の卒後臨床研修を終えて ~研修医の感想~

写真右:伊良部先生(後輩の佐藤先生と一緒に)

伊良部 真一郎 聖隷浜松病院での研修を終えて

医師国家試験を終え手に入れた「研修医」という肩書きに、少しの気恥ずかしさとかなりの重たさを感じながら、研修医生活をスタートしたあの日は、もう2年も昔になってしまった。初めて病棟に出て右往左往していた頃と比べれば、指導医の先生方、同期や後輩たち、コメディカルの方々、そして数多くの患者さんに出逢い、様々なことを学んできた。その反面、実はこの2年間で何も成長していないのではないかという不安に苛まれることがある。それは、緒についたばかりの新研修制度下で、僕らがあまりに過保護に育ってしまったせいかも知れない。今まで、医師としての役割の一端を担いながらも診療上の責任は上級医にあるという一種いびつな状態で経験を積んできた。だが今後は自らの責任のもとで診療を行なうことになる。聖隷を離れても、当院で培った貴重な経験を元に更なる努力を重ねて行きたい。「僕は聖隷浜松病院で最高の研修をしました」と胸を張って言えるように。

[10年後の自分について]
初期研修で学んだ幅広い分野の知識・経験を元に、全人的に患者さんを捉えながら、高度な専門医療を実施できる医師になっていたい。

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梅木和宣

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太田 仲郎 2年間の研修を振り返っての感想 

2年間の研修を振り返ると、多くの勉強をし、同期の研修医、先生方や患者さんを含めて様々な人と出会いました。人との出会いは財産です。どの科でも、多くの先生方に教えていただき、知識、技術はもちろんのこと、それぞれの姿勢や考え、例えそれが自分とは違っても大変勉強になりました。どんなに忙しい日でも、1日2回は患者さんの顔を見に行きます。嫌な感じで顔を合わせたくない人こそ最初に会いに行きます。緊急事態こそわざとのんびり冷静に、心の中でだけ焦ります、その他多く。
視野も広がったように思います。どの科がどんな治療をしているかわかること。こんな患者さんでは、どのくらいまで自分たちで診る必要があって、ここから先はコンサルト。また兎角、ひとつの科にいると他の科の悪口なんか聞こえてきたりします。でも、他の科の状態も知っているから、確かにそうなんだけどやむを得ない状態があると理解できる場面もあるし、お互い様な部分もあるし、というように、視野の広さと想像力、忍耐力がついたと思います。
最後に、同期の皆が勉強熱心で特徴的でとても刺激になりました。切磋琢磨、大切です。

[10年後の自分像]
初心を忘れず、積極的に。でもできれば家庭も大切にしたい。可能な限り両立を目指します。

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奥井悠介 初期研修を終えるにあたって

聖隷浜松病院での初期研修が始まってもう2年が経とうとしている。毎日の研修科業務、日当直業務の中で様々な経験をさせていただきました。多発外傷、広範囲熱傷などの重症患者さんを診療しながら「主治医やったら患者の頭のてっぺんから足の先まで全部把握しとけ!」と厳しく言われた救急科研修。ハードな日常業務の中で、何度も怒られたが、厳しくも全力で指導していただき、「研修医でも診療責任がある!」と、医師としての責任を教えて下さった外科研修。1日に40件を越える手術が組まれている中で、自らにリスクとストレスを背負いながら気管内挿管、IVH、硬膜外麻酔などを“ヘタクソな”研修医に実践させて下さった麻酔科研修。
印象に残ったことをいくつか書かせていただいたが、自分のロールモデルとしたい指導医に数多く出会うことが出来た初期研修だったと思う。5年後、10年後、20年後と自分が後輩を教える立場になったとき、初期研修で学んだことを伝え続けていきたいと思います。

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黒田 純 2年間の成果

私が初期研修を始めるにあたって目標としたことは、将来の専門性に関わることなく、プライマリー・ケアを中心とした幅広い医療の現場を経験し、診断・治療のノウハウだけでなく、それに至る過程を重視し、考える力を養うということでした。
この2年間で多くの科をローテートし、たくさんの患者に出会い幅広い症例を経験し、治療に関わることができました。主治医として加療を行い、様々な困難・疑問に対し考え悩みながらも、先生方・その他スタッフの方々の力を借り、退院していった患者は自分の成果であったと思います。言葉にすると当たり前のことですが、そのことが当たり前にできるようになることこそ研修の意義だったのではと思います。
その反面、全てのことに関して100%解決できてきたかというと、分からないままで終わりにしたことが多々ありました。医学自体が100%ではないのも事実ですが、残してしまった多くの課題に取り組みつつ、今後も疑問を持つ・考える・答えを出す姿勢を忘れずにしていきたいです。
ここ聖隷浜松病院の初期研修で、医師としての第一歩を踏み出したこの2年間で得たものをもとに、常に目標を持って楽しくやっていきたいと思います。

[10年後の自分について]
・知識・技術を身につけスキルアップ+自分はまだまだという謙虚な気持ちを忘れない
・何事にも臨機応変で、バランス良く
・楽しい毎日を送る

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関根亜樹 Blue Print 

臨床研修制度という、名前は立派だけどいまいち内容のはっきりしていない制度が始まり私達の学年で2期生目となりました。 そもそも研修医って何なのでしょうか? その知識・経験値の浅さから研修を受けるべき者であることには間違いないのですが、なんとなくこれまでの医学の歴史から「取り合えず雑用でも何でもして我武者羅に働く」というイメージが根強く残っている気がします。
もちろん、お給料ももらっているのですから我武者羅でも何でも働かなくてはいけません。しかし「現場で働ける医師」となるためのアイテムを入手している途中段階で、研修医に対する認識がバラバラの現場で「働く」ことが要求される現システムの中、私は自身のpositionに対して疑問を感じることが多かったような気がします。働きたいのに働けない、何かしたいのに何もできない・・・。
しかし、その中でもこの2年間の研修を経て大切なものを学ばせて頂きました。この人の姿勢を学びたいと思わせる医師に、患者さんに私は出会うことができました。彼らから得たものを次へのenergyとし、少しずつでも前進していきたいと思います。

[10年後の自分について]
自分の目の前にいる患者さん・同僚・家族を大切にしていきたいです。
もう少しできた人間になれるとありがたいのですが・・。

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道傅整

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友利久哉 “出会い”

初期研修2年間で得た僕の一番の宝物は、多くの方との“出会い”だと思っている。1年目の春、診断はおろか処方や手技も全くできない僕を厳しくも温かく教えて下さった指導医やコメディカルの方々との“出会い”。そして、数多くの患者さんとの“出会い”の中で、医師としての責任の重さを痛感していった。しかし、1年目の冬、その重圧に押し潰されそうになった時、支えてくれたのが11人の同期であり、本当に感謝している。また、2年目になり、自分の力不足、未熟さを認識させてくれたのが、後輩の存在だった。この中で誰か一人欠けていたら、今の自分は無かっただろう。
2年間という短い期間であったが、こんなにも多くの人に支えられ、医師として社会人として大切な事を学び、考える事のできる時間を得る事ができ、本当に良かった。後期研修では聖隷を離れてしまうが、この出会いの中で得たものを忘れず、自分の目指す医師像に向かい、どんな時であっても前に進んでいく努力をしていきたい。
2年間、お世話になり本当にありがとうございました。

[10年後の自分について]
相手の事を考え、どんな時であってもその場の感情に流されず、落ち着いて冷静に対応できる社会人、医師でありたい。

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中戸川裕一

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林麻衣子 初期研修

初期研修医としての始まりは、2005年4月。同期の12人は体力勝負と個性重視の品揃えでした。1年目は、焦りながらも全く仕事が回らず、自己嫌悪の連続でした。1年間でミラ(クリット)姉、おしん・落武者(身も心もボロボロ)、カトリーナ(嵐を呼ぶ)など、辛い日々を象徴した、年頃女性には痛い称号をたくさん頂きました。上級医の先生方含め周囲の方々は、いつもそんな私を見捨てず厳しく温かくご指導してくださり、そのお陰で焦らず自分のペースで成長していくことができるようになりました。徐々に仕事を楽しめるようになり、知識がいろいろ結びつき、毎日が充実していくのを感じました。来年度から新しい環境で、一からのスタートですが、この2年間でお世話になった皆様、そして患者さんから教えていただいた考え方・知識・姿勢を基盤に、何年経っても学ぶ姿勢を忘れず、上記の古い称号を払拭し、ミラクル女医になれるよう頑張りたいと思います。

[10年後の自分について]
セレブ女医…のつもりがよだれまみれの小児科医

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平田哲夫 2年間の初期臨床研修を終えて

毎朝ベットサイドに行くのが苦痛だった。「おはようございます。」「おはよう。」それ以上に会話が見つからなかった。検査結果、治療方針、世間話。何を話しても白々しく、取り繕った雰囲気が流れた。病院には、治療によって見違えるほど元気になって退院する患者さんもいれば、その逆の方もいる。日々良くなっていく患者さんに会いに行くのは楽しかった。朝一番に会いに行った。感謝される、自分が名医になった気がしてくる。仕事を始めて何も出来なかった時は、日々悔しかった。それでも毎日成長する。病歴がとれる、採血が出来る、IVHが出来る、自分が「医者らしく」なるのが嬉しかった。患者さんが良くなる事、検査結果が良くなる事、家族に感謝される事、指導医に褒められる事が自分の価値になっていた。
2年間が終わろうとしている。最近は、状態の悪い患者さん、治療がうまくいっていない患者さんから回診する。難しい家族ほど時間をかけて丁寧に説明する。それでも感謝されない。2年間で少しは「医者らしく」なれたと思う。

[10年後の自分について]
風林火山。

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宮原雅人

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