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理事 津幡佳伸:在宅・福祉サービス事業部長(2019年8月号-ⅱ) 奄美の今のために そして未来のために

 聖隷が奄美大島で福祉の仕事を始めて47年、故雨宮恵牧師が1958年開拓伝道として赴任し、その必要性から始められた福祉の種は歴史を経て特別養護老人ホームや保育園、障害者施設を含み職員数200名を超える大きな事業となっています。


発足当初ののぞみ園(奄美市名瀬大熊町)(写真上)
保護者が食事を作っていた台所(写真左下)
子ども達がささくれでけがをせぬよう職員もはだしで過ごした廊下(写真右下)

 その奄美大島の龍郷町に2019年6月末、児童発達支援センター「聖隷かがやき」の竣工式が行われました。
発達障害は2004年に「発達障害者支援法」が制度化されたものの、それまでは「気になる子」として曖昧なまま扱われてきました。集団保育が難しい子どもたちの居場所、障がい児を抱えて生活することの困難さの訴えを受けて、旧佐大熊保育所の園舎を借り受け、1996年に奄美大島で初の支援を必要とする子どもたちをお預かりする施設「のぞみ園」の仕事が名瀬大熊町で始まりました。
 島内から車で1時間半かけて通う親子、行き場を探し続けようやく辿り着いた親子。親子にとって事業の必要性は確かなものでしたが、2004年に法律が整備されるまで、施設、家庭への公的な給付やサービスなどの支援はありませんでした。それゆえに、利用者が増える程、運営赤字は膨らみ、不足する資金は聖隷の他施設が負担しました。廃園施設の再利用なので、傷みも目立ち園舎の補修は保護者の奉仕で何度も行われ、日々の食事は保護者が当番制で作りました。エアコンはなく職員は汗だくになりながら仕事をし、園舎内では職員も通年はだしで過ごして床のささくれにいち早く気付くことで、こども達の足にけがをさせまいとしていました。

2017年に建設された奄美大島で最初の児童発達支援センター「のぞみ園」(奄美市名瀬和光町)

 このような運営が20年近く続き、台風銀座とよばれる奄美大島では老朽化したのぞみ園の建て替えは緊急の問題となっていきます。その間にも、聖隷は4年に及ぶ国・県との施設整備交渉を経て、2017年ついに新園舎が建設され、奄美大島で最初の保育所等訪問支援と放課後等デイサービスを兼ね備えた児童発達支援センター「のぞみ園」へと発展しました。その後は瞬く間に定員を超え、近隣の龍郷町からも施設誘致に向けた協力を受け、島内で2カ所目となる児童発達支援センター「聖隷かがやき」が開設されることになります。
 子どもたちが「のぞみ園」「聖隷かがやき」での生活を通して社会と関わり、併せてそれぞれの子どもたちに合わせた様々な刺激や学びを受けることで、彼らが成長した時にスムーズに地域社会へ参加できるように支援をしていくのがこの2園が担う役割です。

奄美大島で2カ所目となる児童発達支援センター「聖隷かがやき」(龍郷町)

 福祉の仕事を通じて、本当に必要とされる仕事はどの様に用いられていくのかという有様を幾度も経験させていただきました。そこには必ず困難があり、試練を通して多くの祈りと奉仕が捧げられ、人の考える時を超えて、「その時」が与えられるのです。奄美大島が必要とする福祉の課題はここに留まりません。この子ども達が成長しどの様に生き、生活していくのか、親が年老いた時にどう支えていくのか。過去を振り返るとき、聖隷の精神的基盤である「隣人愛」の足跡があるのです。

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