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【最新号】横須賀愛光園 介護福祉士

 横浜駅から京浜急行線に揺られ、夏のまぶしい太陽が照り付ける海岸線を走り続けると、イージス艦が悠々と停泊するアメリカ海軍横須賀基地が現れる。
 アメリカの情緒漂うその街並みを眼下に電車は進み三浦海岸駅へと到着する。そこからバスで15分。蝉の声が響く住宅街を抜けた山裾にある「特別養護老人ホーム横須賀愛光園」で介護福祉士として利用者に寄り添う小野 になみに迫る。


i am「小野 になみ」

病気になっても変わらない大好きな人

大好きな祖母と 宝物の一枚

 幼い時から小野は自他共に認める「おばあちゃん子」であった。小野を呼ぶ優しい声、微笑みかける穏やかな表情、柔らかく温かい手、祖母の全てが大好きだった。親戚が集まれば、小野が祖母の膝を独占した。小中学校では、課外活動で地域のお年寄りと触れ合う機会が多くあった。小野にとってお年寄りは身近な存在であり、ごく自然な流れで「高齢者福祉」の進路を選択した。
 小野が高校を卒業するころ、祖母が認知症を発症した。小野は祖母、叔父と同居して祖母の介護を手伝うために神奈川の大学へ進学した。しかし、よく知る祖母の面影はすでになかった。周囲の話しを聞かない、突然怒り出す、手をあげる、扉を壊す。外出をすればどこかに行ってしまう。以前どんな人だったか分からないくらい人が変わってしまっていた。手のかかる祖母に対して「私だってやることがあるのに」と、小野までも祖母に対する見方が変わってしまった。

 そんな自分に嫌気がさしていた折、祖母が祖父の仏壇の前に座って何か呟いていた。耳を澄まして聴いてみると「さびしいよ…」と絞り出すような声で祖父の遺影に語りかけている。「おばあちゃんだ!」。小野の目の前に以前の祖母が再び姿を現した。祖母は病気を患っているけど、その中には「祖母」がちゃんといる。祖母の認知症は、祖父の死をきっかけに始まった。それは祖母が祖父を恋しい、寂しいと思う感情と戦っている表れであり、祖母らしさは生き続けていたのだ。小野は祖母そのものを見ていなかったことに気付いた。
 「外見は病気になっても中には『その人』がいる。私はこういう人たちのために働き、理解者になりたい」と決めた。

「介護される」とは

入職したばかりの頃
初めての大きなレクリエーションイベント

 大学卒業後、小野は大学の先輩が多く働く聖隷福祉事業団(以下、聖隷)に就職した。特別養護老人ホーム横須賀愛光園のショートステイ(※1)担当へ配属され、利用者の介護をすることになった。この時期に小野が今も忘れない「先生のようだった」という利用者Aさんと出会った。
 AさんはALS(筋萎縮性側索硬化症)を患った元警察官。大柄な人だったが、小野が出会った時にはかろうじて手が動くだけに病状が進行していた。入職したての毎日ひたむきに仕事に向きあう小野と、かつての部下達が重なったのだろうか。Aさんは会話ができたのでいつも声を掛けてくれていた。しばらくすると小野に胸中を吐露してくれるようになった。体が動かなくなり声も出せなくなっていく恐怖、妻に下の世話をしてもらう苦悩、そして警察官として人を助けてきた自分が、介護される立場になったやるせなさ。特に、この「介護される」という視点は仕事を覚えるのに精一杯で、介護する・されるが当たり前になっていた小野にとって衝撃的だった。
「介護される人にとって、介護されることは当たり前ではない」。以降、小野は「介護される側の気持ちを考える」という新しい目線で介護にアプローチができるようになった。日々成長していく小野をAさんは先生のように褒め続けてくれた。
 しばらくするとAさんは症状にあった他の施設へ入所した。「愛光園で最期まで生きたかった」。そう言い残して最期の時を迎えたと聞いた。「そう言ってもらえる施設であり続けたい」。大きな存在を失った悲しみに押しつぶされぬよう、小野は心の中で誓った。

介護職という概念がない?! 高福祉国、ノルウェーでの衝撃

2017年研修で訪れたノルウェーの首都
オスロで皆で美しい夕日を眺める
今までの介護の概念が覆された

 「現場職員に高福祉国の介護を肌で感じてほしい」と、聖隷は2017年より毎年ノルウェーにて介護職員研修を開始。「初海外だし、不安もある…でも、こんな経験一生できないかも!」。入職5年目の秋、小野は第一期生として参加した。
 はるばる辿り着いた訪問先。美しい絵画やシックなインテリアが設えられたホールでは、近隣住民が利用者と楽しそうにお茶をしていた。その光景は、高齢者施設は地域において特別なものじゃない、そう発信しているように小野の目に映った。研修では驚きの連続。「え?そもそも介護職という職業がない?看護師が介護もやるんですか?」。思わず聞き返してしまった。また、徘徊傾向がある利用者にはGPSを付けることで居場所を把握し、施設外でも一定の範囲で自由に動けるよう見守っていた。これまで「一人で外出させては危険」と考えていた小野は、「実は利用者の自由を奪っていたのかも?」とハッとした。「安全上、全て本人の思い通りにするのは難しいかもしれないけど、本人の日々の喜びにつなげるために…ノルウェーで実践されている『最大限本人の意向を尊重する』というこの考え方は忘れずにいよう」。
 日本より一段と冷え込んだ気温と反し、今後の道を照らすであろうこの温かな灯りを胸に、小野は帰りの飛行機に乗り込んだ。小野の頭には横須賀愛光園の利用者の顔が浮かんでいた。

「あなたがいてくれて嬉しいわ」 介護福祉士の日々の喜び 

神奈川県三浦市の「三浦桜まつり」
東京へのアクセスが良いことに加え、風光明媚な自然が一年を通して楽しめる

 「あなたの声にいつも元気もらってるのよ」。介護はダイレクトに反応が返ってくるのが面白い。日々の喜びも、悲しみも。いろいろな人生を過ごしてきた大先輩である利用者たちと関わるうち、物事を深く考えられるようにもなった。「介護福祉士の喜びや楽しさは、実際にやってみて初めてわかるところが大きい。必要とされている幸せや、利用者の何気ない言葉がどんなに力になるか」と小野は話す。「高齢者施設は、ネガティブな面ばかりが報道されがちに思う。私は、利用者と介護者がともに生きる喜びを分かち合えるこの日常を発信していきたい。こんなに楽しくやっていること、誇りをもって働ける職業であること。SNSや地域の福祉講座など手はいろいろある」。
 『最大限本人の意向を尊重すること』をあらためて意識するようになってから、小野は徘徊傾向がある利用者の見守り方を変え、自分も一緒に歩くようにした。すると利用者は嬉しそうに微笑み、しばらく歩いた後は満足した様子で施設に戻ってくれた。いろいろな経験が小野を育てていく。

今も活きる祖母との時間

2020年 共に働くケアサービス課の同僚と

 小野の祖母は入職3年目に亡くなった。あれから介護福祉士としての経験を重ね、自分が介護のプロになった今だからこそでてくる後悔もある。扉をこじ開け、どこかに行こうとする祖母を何とか説得して、留まるよう促していた当時の自分。「子どものころ、祖母は私の話を否定せず、いつもじっくり聞いてくれた。今度は私が、祖母の声にもっと耳を傾け、向き合ってあげればよかった」。「あの場所、〝にな〟とよく行ったね。楽しかったわ」。認知症になってもなお、時折小野との思い出を嬉しそうに話してくれた、優しい祖母だったのに。思い出すたび、「もっとこうしていれば…」という気持ちが湧き、目頭が熱くなることもある。時に祖母と利用者が重なり、「この後悔は絶対に今の利用者には残さない」とそのたびに心に強く誓う。

 「うんうん、それで?」。祖母の膝に揺られ、安心していつまでもおしゃべりした。夕方になれば台所に立つ祖母の後ろに付いていく。ジュージューと音を立てる祖母お手製のナスの味噌炒めのできあがりが待ち遠しかった。一緒に囲んだ食卓。祖母の笑顔。色あせることなく、小野の中に残っている。
※1:ショートステイ
短期入所生活介護ともいわれ、要介護の高齢者が数日~1週間くらいの短期で施設に入所できるサービスのこと。(イリーゼHPより)

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横須賀愛光園 施設概要

所在地〒238-0313 神奈川県横須賀市武3-39-1
電話番号 046-857-6600FAX046-857-2010
開設日1992年6月定員・定床数120名
施設種別
  • 特別養護老人ホーム
  • 老人デイサービスセンター
  • 老人短期入所事業
ホームページこちらからご覧ください


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