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聖隷厚生園讃栄 地域活動支援センターナルド 社会福祉士

利用者の人生が良い方向に向かう通過点となるように。限界をつくらず成長し続ける社会福祉士。

 聖隷三方原病院から東へと進み、静かに佇む教会を右に曲がる。道なりに歩みを進めると大きな窓を備えたレンガ調の建物が現れる。地域活動支援センターナルドは、聖隷厚生園讃栄寮の一階にある。受付を過ぎると、仕切りがない開放的な空間が広がる。木目調の落ち着いた雰囲気の室内には、利用者の作品やイベントのポスターが掲示され、日の差し込む窓辺では、利用者が今日も話に花を咲かせている。田中はここで様々な利用者の人生の相談に乗る日々を過ごしている。


i am「田中 歩美」

剣道少女、自己成長を求め社会福祉士の道へ

剣道に没頭した中学高校時代
中学3年の夏、浜松市内大会で優勝した(前列右端)
※写真に写っている皆さまに許可を得て掲載しています

 田中が通っていた中学は剣道部の強豪校。迫力ある先輩の姿に憧れ、中学、高校時代は朝から晩まで剣道に打ち込んだ。昔から勉強よりも運動が好きな田中。部活後に友達と自主練習に励むのも楽しく、引退を迎えるころには、新品だった小手には多数の穴が開き、胴着は防具の紐ですっかり擦り切れていた。剣道中心の生活をしていたため、授業中は瞼が重くなることが多く、母親には得意分野を活かせる自衛隊への就職を勧められていた。しかし、スポーツに怪我はつきもの。田中は度々足や腰を痛め、病院にかかることも多かった。
 次第にリハビリを通して親身に自分を支えてくれる理学療法士、作業療法士という存在が田中にとって身近なものとなった。高校三年になり、進路選択に当たって医療系への道を何となく思い描くようになった田中。どんな職業があるのか調べる中で、社会福祉士という存在を知った。放課後、友達と進路指導室で見つけた職業の本には「人と人をつなぐ仕事」というざっくりとした解説しかなかったが、かえって仕事内容が限定されていないことに仕事の幅や可能性を感じた。医療に加え福祉分野でも役に立ち、仕事内容も多岐に渡る。日々様々な刺激がもらえ、人間として成長できるのではないか。「これまでは同じ生活スタイル、同じ趣味を持つ人と一緒に過ごすことが普通だった。でも、今後はいろんな人に会い、いろんな経験をして自分の世界を広げていきたい」。田中は社会福祉士への道を踏み出すことを決めた。

紆余曲折を経て知った福祉の厳しさ、楽しさ、深み

勉強に、遊びに大いに充実した大学時代
卒業後は化粧品メーカーへ(右から2番目)
※写真に写っている皆さまに許可を得て掲載しています

 相談支援業務である社会福祉士を目指す一方で、実際の介護業務を行う介護福祉士の資格取得も目指していた。しかし、高齢者施設での介護実習では、短期間であるがゆえに気持ちが焦り、スタッフや利用者とうまくコミュニケーションをとることができなかった。自信を喪失した田中は、進路と福祉の仕事が結びつかなくなり、結局アルバイト先である化粧品メーカーの美容部員としてそのまま就職。販売を通じて様々な人に出会えることが楽しかった。一方で日々売上目標に追われ、「相手のことを本当に考えた仕事ができているだろうか?この先自己成長はあるだろうか?」という疑問や不安が頭をもたげた。もやもやと考え事をしながらの帰り道。ふいに田中の脳裏に浮かんだのは、大学時代、障がいを持つ子どものケアをする聖隷おおぞら療育センターでアルバイトをした経験だった。食事介助など、相手を支援することを通じて多様な価値観を学ぶことができ得られた充実感。あの時の気持ちが沸々とこみ上げた。「もう一度、福祉の道に挑戦してみよう」。田中の心が決まった。
 化粧品業界を1年で離れ、聖隷に入職。心身に障がいをもつ利用者の支援をする聖隷厚生園信生寮(以下、信生寮)で、介護職として再スタートを切った。大学の実習とは違い、腰を据えて相手と向き合い、介護を通し共に過ごすことで、より近くで多様な人生を共に考え、支援できる面白さを知った。入職して2年目、入所希望者や家族の相談に乗る生活相談員の業務を担当するようになった。次第に「自分は将来のためどこで何を始めたらいいのか」「どういう道があるのか」など、相談される内容の幅が広がってきた。田中は「自分らしい将来をつかんでもらうために、利用者に多くの選択肢、可能性があることを提示したい」と強く思うようになった。相談員として、したいことが見えてきた。プライベートでも結婚し、生活の基盤も固まった頃、キャリアアップのため上司から精神保健福祉士という資格を勧められた。「精神障がいを持つ人の事情を踏まえた、より利用者に寄り添った提案ができそう」。田中はすぐに通信教育の学校へ願書を送った。

やれるところまでやってみる 子育てと勉強の両立実践

利用者との日常会話から生活状態を確認する

 通信教育の学校への入学が受理された直後、妊娠がわかった。カリキュラムには5日間のスクーリング、計1ヶ月に渡る現場実習や毎回のレポート提出が定められており、それらが出産予定前後と重なっていた。物事を始める前から諦めることが嫌いな田中であるが、この時ばかりはさすがに迷った。しかし、「やってみないと分からない。やれるところまでやってみよう」という自分のポリシーに従って挑戦することにした。その後、スクーリングを終了したところで、無事に息子を出産した。しかし、産後3ヵ月から始まった実習が大変だったと田中はその当時を振り返る。実家に息子を預けて実習へ参加したが、授乳期間だったため、実習の合間に搾乳をしては実習に戻る、ということを繰り返した。実習後のレポート提出も必須であったため、昼夜を問わずに息子が眠っている合間に書いた。出産後の心身ともに辛い時期だったうえに、初めての子育て。しかし諦めずに続けられたのは周囲の応援のおかげであった。息子をみてくれる家族、応援してくれる実習先の人たち。資格取得の努力をしているのは自分一人ではないという気持ちが自分を支えたと田中は言う。
 決意してから1年半後、やれるところまでやってみようと始めた勉強と子育ての両立は「精神保健福祉士の資格取得」という形で見事に結実したのだった。

田中流の子育てと働き方とは

異動から8ヵ月。
田中を頼って施設を訪れる利用者も増えてきた。
※写真に写っているご利用者に許可を得て掲載しています。

 精神保健福祉士の資格取得から2ヶ月後。産休からの復職をひかえた田中は上司に二つの希望を伝えた。一つはフルタイムで働くこと。もう一つは、他職場へ異動することだ。聖隷では時短勤務も選択でき、復職は原則として産休前に働いていた職場。だが、田中はフルタイムの勤務、さらには異動を申し出た。夫は「無理をしなくてもいいのに」と言った。そこには田中流の「子育て論」と「働き方」があった。
 田中の実家は共働きで、幼い頃の田中は母親が家にいる家庭がうらやましかった。帰宅後に休憩する母親をみて「なんでだらけてるの?」と思ったこともあった。しかし自分が社会人となり女性が働く大変さを思い知った今、田中は母親をとても尊敬している。「今度は、母親である自分が前向きに働く姿を見せて、息子に働く女性を応援できる人になってほしい」と思っている。母親として語る田中の眼差しに揺るぎはない。
 また「自分を成長させ続けたい。そのために新しい場所で様々な人と関わり、様々な経験をしたい」というのが田中の働き方である。出産前の職場であった入所施設「信生寮」では、施設で生活をしている心身に障がいをもつ利用者やその家族の相談を受けていた。経験を積んだ田中は、次は地域で暮らす利用者やその家族を支援して相談員として幅広く経験を積みたいと思っていた。それが精神に障がいをもって地域で暮らす利用者を支援する「聖隷厚生園讃栄(以下、讃栄)」であった。
 田中の性格やキャリアプランをよく理解している上司は、それらを踏まえて田中へこう伝えた。「時短を使わないのなら覚悟をもって仕事に取り組んで。異動するからには成果を出して、周りから認められるように頑張りなさい」と。身が引き締まる
思いであったが、この時も「やってみないと分からない。やれるところまでやってみる」の精神は変わらない。田中を信じて希望を叶えてくれた上司に感謝をした。

「今は幸せ」と言える人生であるために

田中たちが作成した外出が困難な利用者向け「短時間外出企画」のチラシ

 まだ暗い午前4時。田中は隣で寝息をたてる息子を起こさぬように、そっとベッドから抜け出す。そして台所に立った瞬間、田中のスイッチがオンになる。朝食・弁当・夕食づくり、洗濯、保育園の準備…ワーキングマザーは出勤前の数時間が勝負だ。ほどなくして、夫と息子が起床。「ママー!眠いよー」。ぐずり気味の息子を夫があやしながら手慣れた様子で着替えさせる。「無理をしなくてもいいのに…」と言った夫も田中が助けを求めれば気軽に応えてくれている。
 息子を保育園へ送り届けた後、田中は職場周辺を少し歩いて母親モードから相談員モードへと切り替える。出勤して職場のカーテンをあけると眩しい朝日が暗い室内へ射し込んでくる。同僚たちと朝の申し送りを行い、讃栄の一部門「地域活動支援センターナルド」の一日が始まる。
 一人また一人と利用者が施設にやってくる。「病院でもらった薬、ちゃんと飲んでますか?」「通い始めたリハビリはどうですか?」と利用者と雑談をしながら生活状況を確認する。その最中にも、別の利用者から相談の電話が鳴る。時には外出が困難な利用者を地域の喫茶店に誘い、お茶をしながらお喋りを楽しんでもらうこともある。外出の楽しさ大切さを実感してもらうことで利用者の生活が改善するように後押しをする。田中の仕事にルーティーンはない。しかし、田中には定時に仕事を終え、息子を迎えに行くというミッションがある。利用者に柔軟に対応しながらも、定時退社に向けて田中はてきぱきと計画的に仕事を進めていく。
 終業後、田中は少し慌てて息子が待つ保育園の教室へと向かう。田中と目があった息子が満面の笑みで田中の胸に飛び込む。この瞬間、一日の疲れも、嫌な事もすべてが吹き飛んでいく。

日々相談業務に奮闘する職場の上司、先輩と

 やれるところま挑戦して復職から8ヶ月が経った。仕事と子育ての両立が板についてきた今を田中は自信を持って笑顔で言う「楽しい」と。

 田中にこの仕事のゴールは何かときいた。「ゴールはない」と言う。「利用者さんにとってのゴールは、ここにはありません。利用者さんの人生が良い方向につながるように、目標を持てるようにするのが私たちの仕事です。私たちは通過点ですね」と。

 大学時代の実習で、田中は80代の老婦人に「人生で大変だったことはありますか?」と問うた。すると彼女は「あったかもしれないけれど忘れちゃったわ。でも今は幸せ」と目尻にシワが深く刻まれた目を細め、ほほえんで答えた。
「そんな人生っていいな。だから限界を決めずに自分がやりたいことはやってみる。いつの日か家族と、人生で関わった全ての人たちと『いろいろあったけど、今は幸せ』と笑って振り返られるように」。
(※1)介護福祉士
専門的知識および技術をもって、身体上若しくは精神上の障害があることにより日常生活を営むのに支障がある者につき心身の状況に応じた介護を行ない、その者およびその介護者に対して介護に関する指導をする者。国家資格。


(※2)社会福祉士
専門的知識および技術をもって、身体上もしくは精神上の障害があることまたは環境上の理由により日常生活を営むのに支障がある者の福祉に関する相談に応じ、助言、指導、福祉サービスを提供する。または医師その他の保健医療サービスを提供する関係者との連絡および調整その他の援助を行なう者。国家資格。


(※3)精神保健福祉士
精神障害者の保健および福祉に関する専門的知識及び技術をもって、精神障害者の社会復帰の促進することを目的とする施設で、利用者の地域相談支援の利用に関する相談や社会復帰に関する相談に応じ、助言、指導、日常生活への適応のために必要な訓練その他の援助を行う者。国家資格。

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聖隷厚生園讃栄 施設概要

所在地〒431-1304 静岡県浜松市北区細江町中川7220-7
電話番号053-437-4598FAX053-438-1594
開設日1978年4月1日ホームページこちらをご覧ください
サービス内容救護施設:定員60名
障害者短期入所:定員4名
生活介護:定員10名
自立訓練(生活訓練):定員10名
指定特定相談支援
指定一般相談支援
地域活動支援センター

三方原地区に佇む聖隷厚生園讃栄

1966年当時の建物


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