グローバルナビゲーションへ

本文へ

フッターへ



ホーム  > 聖隷の“旬”を届ける「i am…」  > 聖隷三方原病院 総看護部長

聖隷三方原病院 総看護部長

「来るもの拒まず」っていう信念があるので、 どんなことも断らないでまずやる。 やり続けて「今」がある感じがします

934床と県下最大の病床数を誇る聖隷三方原病院。確たる信念と“聖隷”の理念を貫き通した吉村は42歳の若さでこの大病院の総看護部長となった。常に先見の明を持ち、目の前の仕事に対し熱誠に向き合った吉村の看護人生に迫る。


i am「吉村 浩美」

看護人生の ルーツ

吉村が看護師を目指そうと思ったきっかけは、中学時代に学校行事で参加した小羊学園でのボランティア活動だった。小羊学園は知的障がい児施設であり、職員の利用者に向ける視線の優しさ、人と人との関わりあいに感銘を受け医療、福祉に興味を持つようになった。また、母親の入院に付き添った体験もあり病院の看護師になることを決意。高校卒業後は浜松市立看護専門学校に入学し看護師免許を取得した。

初めての就職先は聖隷浜松病院を選択した。7年ほどで一旦、看護の仕事を離れた。その際、一般企業の受付事務をしたが、看護の仕事が忘れられなかった。看護の仕事とは、患者さんの体験するつらさや苦しさを真摯に受け止め、より安楽になるようにケアを考え、そのケアをチームで継続し、時には医師とも治療方針について激論を戦わせる密度の濃い仕事である。一日として同じような日はなく、エネルギッシュであった。「もう一度看護の仕事に戻ろう」吉村は志を新たにし、聖隷三方原病院へ就職した。
その後は様々な領域の現場で経験を重ね、着々と力を付けていった。

生まれ変わっても、 看護師の仕事を

臨床経験が一番長かった職場は救急循環器病棟(現在の高度救命救急センター)であった。思い出深い患者さんは多くいるが、命に関わる重症な患者さんを受け持ち、深昏睡であっても耳元で声を掛け、本人が生きることを諦めてしまわないように励ました。人工呼吸器、医療機器やチューブが患者さんの周辺にいっぱいで、家族が近寄ることさえ躊躇してしまうような状態であっても、患者さんの体に触れ共にケアをする空間と時間を創りだした。もしかすると最後の瞬間となってしまうかも知れない、と思いながら、そこに看護を見出したこともある。
しかし、温かい援助や情熱だけでは命は助からない。当然、エビデンスに基づき裏付けられた知識と技術、および臨床における経験知が重要である。吉村は経験をリフレクションせずに年数を重ねても経験知とはならず、成熟した看護師にはならないと言い切る。看護の勤務環境はまだまだ課題が多いが、命をつなぐために、また、病気を得た人たちがよりよく生きるために、専門的なケアを提供する看護という仕事はすばらしいと吉村は思う。「生まれ変わっても看護師の仕事をやろうと思っています。ただし今度は部長級ではなく専門家の立場として。」吉村にとって看護師の仕事は天職だ。

看護人生のターニングポイント

看護次長時代、病気を患った。この体験は吉村の看護人生にとってターニングポイントの出来事であった。
当時の看護部長大手歌子が「今のあなたであれば“聖隷”という名前の由来が分かるから」と聖隷の創始者達が書いた本を7、8冊、病気でヘトヘトであるにも関わらず枕元に置いていった。さすがにすぐに読むことはできなかったが、回復するにつれどんどん読み進めていった。そのような時期があったために、聖隷の理念「隣人愛」を深く学ぶことができ、創始者達の思いを真摯に受け止めることができた。吉村は理念の継承者としての覚悟を持ったのだ。

「任命されたことは全うする 」

聖隷三方原病院ヘリポート

吉村の信条は「来るもの拒まず」だ。したがってどんな患者さんが来ようとも断ったことはなかった。それ故、管理室からは吉村のところに言えば必ず受けてくれると信頼されていた。しかし、吉村にとってそれは至極普通のことであった。救急と循環器の患者さんは自分のところでなければ命は救えないという自信があったからだ。

その姿を前看護部長の大手歌子もしっかりと見ていた。吉村を総看護部長に任命したのち「安定期だったら吉村を選ばなかった。これから病院にとって、看護にとって変革期だから吉村を選ぶ。」と言われた。信念を貫き、どんなことに対してもまずは挑戦するという吉村の姿勢が、これからの聖隷三方原病院には必要だと思われたのだ。

先駆的な取り組みができる組織と精神

聖隷三方原病院 看護部管理室内

聖隷三方原病院の魅力は創設当時から先進的な医療を提供してきたことだ。吉村は主に2001年のドクターヘリ導入促進事業や、2009年の院内助産所たんぽぽの立ち上げに携わった。ドクターヘリは、倒れている患者さんのもとへトレーニングされた医師と看護師を派遣するという病院で重傷者を待つ医療から、“打って出る医療”にパラダイムシフトした。院内助産所たんぽぽではフリースタイル分娩を取り入れ、スペシャリティを持った助産師が自然分娩を援助するシステムを導入した。ここでの利用者と職員の満足度はとても高い。
こういった新しい取り組みをする際にも、聖隷三方原病院の職員は驕らず、謙虚に前に向かってやり続ける人達が多い。それは昔から地域ニーズを先取りして、制度がないところで先進的医療を提供するシステムを作り上げてきたというパイオニアとしての強さが根底にあるからだと吉村は自負する。

また組織風土が開放的なことも、もう一つの魅力だ。職種を越え横にフラットな関係がチーム医療をいち早くから様々な領域で作られた理由でもある。こういった組織風土を気に入り聖隷三方原病院を選んで入ってきてくれる人がいるからこそ、この魅力は脈々と絶え間なく続いていくと吉村は信じている。

現状に満足せず、よりよい環境作りを

吉村はワーク・ライフ・バランスにも力を入れている。看護職は女性が圧倒的に多い職種だ。女性が仕事を続けていくなかで結婚・転居・出産・育児・介護等のハードルがある。このようなハードルをうまく越えて、女性がキャリアを途切れず仕事を続けていくのはもちろん、看護の質を落とさないためにも人を定着させなければならない。そのために、支援制度をきちんと整え、さらに制度を使いやすい環境づくりをしてきた。その取り組みの結果、2014年11月に第8回「ワーク・ライフ・バランス大賞」にて医療界初の大賞を受賞した。
しかし、吉村は大賞を受賞しても満足はしていない。今後は制度を利用しなくても、ワーク・ライフ・バランスを上手く保つことができ、職員個々が持っている育児観、家庭観などの個人の価値観の尊重ができる環境作りをしていきたいとすでに次の段階を考えている

ワークライフバランスとともに、看護師のキャリア支援にも尽力を惜しまない
聖隷三方原病院は幅広い領域があります。例えば、高度急性期として高度救命救急センター、がん治療や終末期ケアを十分提供できる腫瘍センターやホスピスです。これからの高齢社会に応じ早くから高齢者看護の開発を展開していますし、認知症疾患医療センターとして地域の基幹となっています。

多くの方々から信頼される看護師になるためには、人間対人間の看護が本気でできるスキルを身に付けるための教育プログラムが重要です。聖隷三方原病院はキャリア支援においても充実しています。私たちはより良い看護を実践するために研鑽し続けられる方を求めています。聖隷三方原病院の臨床知を共有し、地域に貢献できる看護職として成長していってほしいです。

また多様なヘルスニーズを持つ個人、家族及び地域住民に対して質の高い組織的看護サービスを提供することを目指し、聖隷福祉事業団聖隷三方原病院認定看護管理者教育課程(ファーストレベル)を聖隷三方原病院で開講します。キャリア支援の新たな取り組みにも力を入れて今後も看護界を牽引していく病院でありたいと思います。

PDFのダウンロードはこちら

PDFファイルをご覧になるためには、AdobeReader® が必要です。
パソコンにインストールされていない方は右のアイコンをクリックしてダウンロードしてください。



Copyright (C) Seirei Social Welfare Community.
All Rights Reserved.