社会福祉法人聖隷事業団
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私が感じる聖隷スピリット
聖隷のこころ
私が感じる聖隷スピリット

医療事業
医療事業
入院中でも教育を受けるチャンスを
「入院している間も、教育を受ける機会を子供たちに提供できないものか」養護学校がある病院での勤務経験を持つ小児科科長から相談がありました。相談を受けた総務課長も子供のころ入院したことがあり、その重要性を実感していました。偶然にも静岡県の教育委員会でも訪問教育を行う訪問学級について模索中のこともあり、まもなく実現。制度がなくても動く!また、行政と一緒になって必要なものを考え、新しいものをつくり出す!聖隷らしい姿勢が生きた一例だと思います。

事務処理にもどこよりも早く、先端技術を導入
1977年10月、浜松市内の病院で初めて電算機が導入されることになりました。薬価や診療行為の点数が頭に入り、算盤とボールペンの職人芸を有する多くの医事課職員は導入を反対。しかし、当時の事務長は「この地域で真っ先に電算機を導入する。地域の先駆けとなるのは聖隷浜松病院でなくてはならない。」と計画を断行しました。この結果10台のコンピュータが稼働を始めました。


保険事業
受診者からの一言が、働くパワーに
1994年に1人の受診者が検診センターの放射線科を訪ねてこられました。その方は前年度の健診で早期胃がんが発見でき、命を助けてもらった技師にお礼を言いたいとのことでした。受診者の声をじかに聞くことができたため、お礼を言われた技師はもちろん、その話を聞いたほかのスタッフまで、日々の業務の重要性を再認識。これからも一人でも多くの命を守るためにがんばっていこうと身を引き締めたのでした。



福祉サービス事業
福祉サービス事業
勤務中に姿を消したのは、お風呂?
約20年前の厚生園に昼間ふっと姿を消す先輩がいました。その先輩は公休日にも在宅の障害者の所へ行き、入浴介護をしていたと後で知りました。当時入浴サービス制度はまだなく、厚生園の方も満足なサービスを提供できない現状でしたが、在宅の重度障害者の中には何ヶ月、何年もお風呂に入っていない方もいたのです。ちょっとした時間を利用して、人の手助けになることを・・・。先輩たちから聖隷の先駆性と自由性、ニーズに対して制度に縛られず受容していく姿を教えてもらいました。



高齢者公益事業部
高齢者公益事業部
気持ちいいと感じてもらえる入浴でないと意味がない
日々、入居者と接していると、ただもう単純に「もっと入居者の笑顔が見たい」と思います。例えば入浴。はじめは週3回、午前中のみの提供でした。とても慌ただしく、スタッフの間からも疑問が生まれ「もっとゆったりと入浴してもらいたい」との思いから、入浴日は週3回1日利用へ、次の段階では週6回の入浴へと、入居者対スタッフがほぼ1対1で係わる入浴となりました。入浴の目的は「ただ風呂に入る」のではなく「気持ち良いと感じてもらえる入浴」でなければ意味がないと思います。ケアは完璧も終わりもないのです。これからも前向きにさらなる改善と検討を重ねていくことでしょう。

油壺エデンの園が地域に受け入れられるまで
開園当初、市民から離れた存在の施設と思われていた油壺エデンの園。そこで、地域に根ざした施設づくりをと、数年後に障害を持った高齢者を預かる「老人デイケア」を開設しました。しかし、その翌年、作業ミスから諸磯湾に重油を流出。地元の方々に多大な迷惑をおかけしました。その際、地元の協力業者をはじめ事業団全体として素早く対応し、すみやかに重油の除去作業が行われました。この対応と心からの謝罪は、逆に地元の聖隷に対する信頼を得ることができたと感じています。



保育園事業
保育園事業
園服を作らないのには理由がある
「なぜ園服がないのか?」の問いには「その子らしさを大切にしているから」と答えます。毎日の保育の中でそのことを実感することも多くあります。例えば保育園には障害を持った子も、持たない子も一緒に過ごしています。職員や園児は当たり前に思っていますが、実習生やボランティア学生は、いじめがないことや自然に苦手なこと、できないことを子供たちが手伝っている様子に驚いているようです。これもその子らしさを大切にする一つからきたことだと感じています。

私はこうして聖隷人になりました
聖隷事業団やキリスト教の理念も何も知らないまま就職。先輩の行動を見よう見まねでお祈りをしていました。その中で聖隷の歴史を少しずつ知り、「隣人愛」からくるような周囲の人々を愛し、優しくできればと思うようになりました。働く人全員が「聖隷らしさ」を意識しているとは思いませんが、聖隷の精神がなければ聖隷では働けないのでは?また、聖隷で働くこと自体が聖隷人であるのではと考えます。



在宅サービス事業
必要とする方のために、聖隷だからできること
必要とする方のために、聖隷だからできること
訪問看護ステーション制度の開設前のことです。不治の病を患っていた方が自宅で最期を迎えたいという依頼がありました。そのような要望に応える規定はまだありませんでしたが、聖隷は創設時から要望があれば訪問看護のようなことはやってきていましたので、最期まで生きるための治療と家長としての威厳を保つお手伝いをしました。聖隷は制度がなくても依頼があれば、それが必要であれば何とか対応しようとする、このような精神、患者本位の姿勢・行動の中から「ホスピス」のように次のニーズの発見が生まれるのだと思います。
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