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聖隷三方原病院は、地域医療支援病院として、質の高い地域完結型医療を目指しています。
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「縁」 B3病棟 係長 本間 永味子氏

「縁」           B3病棟 本間永味子


「縁というのは、面白いなあ」私はつくづく、そう感じます。

私が、聖隷の名を知ったのは私自身が中学生の時でした。その頃、浜松医大に入院していた時期があったのですが、一人の女性と仲良くなりました。その方も患者として入院されていましたが、聖隷の看護学生をしている、と話してくれました。入院中で暇だったこともあり、彼女は私に看護学生の実習の様子やみんなで集まって勉強をしたこと、恋愛話や人生相談など様々な話しをしてくれました。話しを聞いているうちに、看護師を目指している彼女が輝いて見え、すごく羨ましくなりました。

だからといって、看護師になりたい!という強い気持ちをもったか?というとそうではありませんでした。当時は別の目標をもって高校生活を送っていました。大学受験や今後の進路を考える時期になったときに、ふと、聖隷クリストファー大学の受験案内を見つけました。あのときの彼女が通っていた学校だと、なんだか懐かしい気持ちになり、何となく受けてみようかなと思ったのがきっかけでした。その結果、見事に国公立大学を落ちた私は、聖隷クリストファー大学の学生となったのでした。

そんな感じで入学した学校でしたが、大学生活は想像以上に楽しく過ごせ、聖隷三方原病院にも就職出来たので、今となってはあのとき進路変更をして本当に良かったなあ、と思います。入院して看護学生の彼女に会わなかったら、この選択はなかったのかなと思うと、これもなにかの「縁」なのだと思いました。更に、私の看護学生時代にも、なにかといろんな「縁」がありました。

看護実習をしているころ、小児科の実習で患児Aちゃんの担当になりました。元々、小児科希望だった私はすごく意気込んで実習に取り組みました。しかし、相手は子供。初対面の相手になかなかうち解けられない。私は、何とかAちゃんの心を開かせたいと、試行錯誤の日々でした。紙芝居を作ったり、画用紙でピンクのナースキャップを作ったり、つらい検査の後は思いっきり褒めたり・・・。その甲斐あってか、実習終了間際では本当に仲良くなれて、私の方が別れを悲しく思うようになっていました。

その後、晴れて看護師となり、聖隷三方原病院で仕事をして数年経ったとき、Aちゃんが入院してきたのです。高校生になったAちゃんは、もう小児科ではなく成人の病棟に入院でした。そして、私のこともちゃんと覚えていてくれたのです。入院中つらい検査なんかもありましたが、私の前では楽しそうにいろんな話しをしてくれました。更に、大学受験を目指して勉強中のAちゃんの口からは「聖隷クリストファー大学に行きたいんだ!!」という言葉が!!

嬉しくて、嬉しくて、不覚にも涙が出てしまいました。何度も入退院を繰り返し、つらい入院生活を経験し、看護師の仕事を間近でみていた彼女が、看護師になりたいと思ってくれたなんて!!!

きっと、入院中に施設の環境はもちろんのこと、医師や看護師、コメディカルの方々など、たくさんの人と人とのつながりや暖かさを感じてくれたのだと思います。その後、Aちゃんは見事、受験に合格して聖隷クリストファー看護大学の学生となりました。看護師として一緒に働ける日も近そうです。ちなみに、大学生になった彼女からもらった手紙には「毎日、かなり充実していてめちゃめちゃ楽しいです!!」と書いてありました。



  聖隷が設立して80年、私だけでなく様々な人が聖隷といろんな「縁」があったのだと思います。

 これからも「縁」を通して人と人とが繋がっていく、そんなあたたかさのある聖隷であってほしいと思います。


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