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聖隷三方原病院は、地域医療支援病院として、質の高い地域完結型医療を目指しています。
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「聖隷との関わり」 C3病棟係長 大井 巌 氏

「聖隷との関わり」     聖隷三方原病院 C3病棟 大井 巌

私は聖隷短大を卒業し平成3年4月に聖隷三方原病院に就職しました。就職してからは5ヶ所の院内の職場を移動し今日まで頑張っています。

 両親から話を聞くと、聖隷とは私が生まれる前から深い関係があるようです。私の母は結核を患っている時に聖隷にお世話になったようで、叔母のお見舞いに来た父とここで出会ったそうです。2人とも日本キリスト教団のクリスチャンであったことも結びつきを強めたようです。その頃に出会った前理事長の長谷川保先生にたいへんにお世話になったと聞きました。そんな私が聖隷三方原病院に勤めていることに深い縁を感じます。

初めて聖隷を訪れたのは私が小学生の頃で、祖母が十字の園に入所していた時に合いに来たのが始まりです。その頃は姫街道は追分から松並木が並んでいて、姫街道から十字の園まで舗装されておらず、雨が降ると泥だらけになって歩いた事を思い出します。

中学校を卒業して新潟市にある敬和学園高校に入学した時は、2度と静岡県には帰らないだろうと考えていました。帰って来るきっかけになったのは、聖隷短大に合格した時に長谷川保先生から「おめでとう」と電話があったからです。今ではとても感謝をしています。

聖隷短大に入学してからは、もくせいの里の高田園長の好意で管理人として働きながら通学させていただきました。エデンの園ではアルバイトとして長谷川保先生の居室を掃除させていただいた時には感慨深いものでした。アルバイトを始めてから知ったのですが、青木婦長さんと叔母は看護学校の同級生で、卒業式の写真に母が写っていたのにはたいへん驚きました。

このように生まれる前から聖隷にお世話になっていましたから、ここにいることが運命であったとも思えます。 私自身はまだお世話になって19年程ですが、可能な限り勤めていきたいと考えています。


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