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聖隷三方原病院は、地域医療支援病院として、質の高い地域完結型医療を目指しています。
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「これからの聖隷三方原病院」 C2病棟係長 菅沼美佳氏

「これからの聖隷三方原病院」         聖隷三方原病院 C2病棟係長  菅沼美佳

 私の人生の約半分は聖隷と関わりがある。21年前、聖隷短大に入学し、その後、聖隷三方原病院に就職し現在も働いている。聖隷短大を選択した理由は県内の看護系の短大に入りたかったからだった。入学当時は、聖隷=キリスト教との認識が家族の中にあり祖父、伯父、いとこが僧侶の家系の私にとっては、キリスト教を信仰するのかと反対まではいかないが、躊躇されたものだった。短大の授業ではキリスト教があり聖書を読んだりした。信仰のない私にとっては不思議な時間だった。短大を卒業し就職は実家の近くにと考えていたが結局、聖隷三方原病院を選んだ。聖隷創始者の設立の理念である「隣人愛」を継承し、看護をしている先輩看護師達がいきいきと看護をしている姿をみて、ここの病院の看護師さんたちは素敵だなと思ったからである。

 就職してから現在に至るまで色々なことが大きく変化している。就職したあと病院の建物はC号館が建てられ、最近になりF号館が建てられた。玄関にはタリーズがあり、コーヒーを買いに行くと病院なのに病院ではないような気持ちになる。私はF号館があった位置に建てられていた母子棟で13年間働いていたので、思いだしては懐かしく未だどこかにあるのではと思えてくる。

 就職当時はカーデックスがあり、看護計画は手書きで1人1人患者さんにあった計画を自分なりに一生懸命に立案した。カルテの記録も1人1人手書きの用紙に記載、検温表も手書きで、線引きの定規でグラフを書いていた。今は電子カルテになり随分、楽になった。聖隷三方原病院で大きく変化していったものはまだまだ沢山ある。たった21年でこれだけの変化をしてきている。きっとこれからも色々なことが時代とともに変化していくだろう。 

 しかし、変化していかないものがある。聖隷創始者の設立の理念である「隣人愛」である。私が就職した当時と働く人々は全く同じではない。なのに、持っている精神は同じで変わっていない。80年も変わらぬ精神を沢山の人が持ち続けている。最近、読んだ本で「大きく伸びる企業には必ず確固たる理念と信念を持ったトップがいて、その理念と信念のもとに社員一丸となって仕事をしている。こういう組織にはブレはない」と著者の国吉氏は述べていた。この文を読んだ時に聖隷三方原病院が「隣人愛」という理念をもとに、職員が一丸となって仕事をしているから組織にブレはなく、80周年を迎えたのだと理由が分ったような気がした。 

 聖隷三方原病院の施設、設備面は充実してきている。しかし、病院が続くためには、「人」にあるのだと思う。人=職員が患者さんへのサービス、患者さんのための医療の提供に職員が一丸となり取り組んでいる。「隣人愛」という理念を実現するという目標が徹底、共有できているのだと思う。これからも時代に適した医療を提供しながら、理念の実現にむけて職員が一丸となり仕事をし続けていくだろうと思う。 今年も4月に新入職員を迎えた。12年前に小児科病棟に長期入院していた子が看護師となり、一緒に働くこととなった。私の中ではまだ小学生なので、とても変な気分がする。でも、看護の道に憧れ、めざしてくれたことに、感動する。聖隷の理念は時にこのようにもして引き継がれていくのだろうと感じる。


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