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ホーム  > 園長コラム  > 『 あしあと 』

『 あしあと 』

 桃の花が咲いたかと思うと、桜の花が咲き始めます。鮮やかな花々が目を楽しませてくれる季節ですね。子ども達と一緒に自然の美しさを楽しみたいと思います。
新型コロナウイルス感染症の市内感染者数もなかなか落ち着きが見られず、感染拡大が懸念されている状況です。保護者の皆様には大変ご心配をおかけしますが、少しでも安心していただけるよう、園としてできる感染対策を続けていきます。ご理解ご協力の程よろしくお願いいたします。
今年度の礼拝で私がお話をするのもあと数回となり、先日の礼拝で『あしあと』という詩を子ども達に紹介しました。以前私がお世話になった園長先生方も礼拝でお話をして下さり、大きく心を動かされ大好きになった詩です。
『あしあと』
ある夜、私は夢を見た。私は、主とともに、なぎさを歩いていた。暗い夜空に、これまでの私の人生が映し出された。どの光景にも、砂の上に二人のあしあとが残されていた。一つは私のあしあと、もう一つは主のあしあとであった。これまでの人生の最後の光景が映し出されたとき、私は砂の上のあしあとに目を留めた。そこには一つのあしあとしかなかった。私の人生でいちばんつらく、悲しいときだった。このことがいつも私の心を乱していたので、私はその悩みについて主にお尋ねした。「主よ。私があなたに従うと決心したとき、あなたは、すべての道において私とともに歩み、私と語り合ってくださると約束されました。それなのに、私の人生の一番辛いとき、一人のあしあとしかなかったのです。一番あなたを必要としたときに、あなたがなぜ私を捨てられたのか、私にはわかりません」主はささやかれた。「私の大切な子よ。私はあなたを愛している。あなたを決して捨てたりはしない。ましてや、苦しみや試みのときに。あしあとが一つだったとき、私はあなたを背負って歩いていた。」
(これはFootprints という詩で、マーガレット・F・パワーズというアメリカ人女性 の作った詩です。)
子ども達は真剣にお話の世界に入り込み、話が進むにつれ、不安な表情に変わっていきました。そしてどうして足跡が一つだったかを理解した時、ホッとし、大きくうなずいた姿がとても印象的でした。悩んでいる時、一人で苦しみ、孤独を感じてしまう時…一人じゃない。と思える詩です。人生の最も弱い時に、イエス様は私たちを抱きかかえて歩いて下さる。そして、人々に愛と希望とを分け与えて下さる。とても心が温かくなる詩です。
聖書のお話を聞き、礼拝中に涙を流す子もいます。語られるお話を通して、子ども達は、神さまがどのようなお方かを感じ、聖書の人々と共に心を躍らせ、喜び、不安から安心へと心が元気になっていきます。子どもながらに神さまの愛を感じ、神さまに親しみを覚えてきました。そして保育者と共に祈り、小さい時は祈る保育者の姿に触れてきました。4,5歳児は、今では素直な気持ちで神さまにお話しできるようになりました。賛美も楽しく、時に体を動かし、リズムを取りながら、どのクラスも喜んで行っています。子ども達が安心して過ごし、神さまへの信頼が広がっていることをとても嬉しく思います。一人ひとりが、神さまの、ご家族の、大切な宝物です。共に過ごさせて頂くことに感謝をし、子ども達が自信と喜びを持って進級・卒園できるように、残り1ヶ月の大切な時間を過ごしてまいります。
今年度も保護者の皆様のご理解・ご協力を賜り感謝致します。1年間ありがとうございました。
園長 梶山 美里