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~病院ブログ~


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【連載】実録 メタボ戦記

実録 メタボ戦記について

【私と体脂肪との500日間の戦い】

≪新連載スタートのお知らせ≫

日頃、聖隷横浜スタッフブログをご覧いただきまして誠にありがとうございます。当ブログは開始から7年が経過しました。今や当院のホームページのアクセスランキングでも常に上位をキープしており、それはひとえに閲覧している皆様からの応援の賜物と感謝しております。広報委員長の私がいうのもはばかられるのですが、ブログ記事の内容は多岐にわたり、大変楽しめる内容になっていると自負しています。当院広報委員会の目的の一つに、広報誌にも記載している”聖隷横浜病院の旬をお伝えする”というものがあり日々その目標の遂行に取り組んでいます。私事ではありますが旬な出来事として、聖隷健康保険組合で行っているメタボリックシンドローム対策の特定保健指導を受け、およそ500日間メタボリックシンドロームからの脱却をめざし、あれこれ試行錯誤し奮闘する様子を、現在から振り返るかたちでお伝えしていこうと思います。同じような事でお悩みのかたの参考になれば幸いです。なおこのブログ内容は一部の運動方法、ダイエット方法を宣伝・推奨するものではなく、あくまでも個人的な意見を述べているものであり、効果には個人差があると思われます。

2015年1月5日 診療部U

実録 メタボ戦記①

【私と体脂肪との500日間の戦い】
第1話 現実逃避をし続けた日々の話

いつの頃からか久しぶりに会う知人などから挨拶の冒頭で ”あれっ?ちょっと太った?” というフレーズを聞かされるようになった。これは一人からの話ではなく、何人からもそのように言われ、その頻度も年を追うごとに増えているのに気がついた。自分としては鏡に映る自分をみても、さほど変化しているようにおもえず、野球部に所属していた学生時代と比較しても最大で10kgしか(?)増えていないことを考えれば、殊更に問題になるものではないとタカをくくっていた。よくカラオケで歌う吉川晃司でさえ、デビュー当時と今の姿を比較すれば、”あれっ?ちょっと太った?”と表現されるのではないか?。森高千里の歌ではないが、40代にもなれば誰でもおじさんになるし、若く輝いていた頃の印象が強ければ強いほど、現在の姿とのギャップが強調をされるものではなかろうか。 ”あれっ?ちょっと太った?” という言葉のなかに ”あれっ?(若い頃かなりイケてたけど)ちょっと太った?” という意味合いが隠れているのだろうと、誠に勝手な解釈をする事で自分をごまかしていたように思う。もちろん()内の言葉を耳にしたことなどただの一度も無い。自分をごまかすなどという言葉には、退廃的でどこか格好いい響きもあるが、要は太ったという事実に目をつぶっていただけであった。しかし2013年4月の健康診断の結果が帰ってきた同年の6月に、厳しい現実を思い知らされることになる。(続く)

2015年1月5日 診療部U

実録 メタボ戦記②

【私と体脂肪との500日間の戦い】
第2話 メタボ健診に引っかかってしまった話

健康診断の結果は惨憺たるものであった。1年前と比較して体重は6kg増加し、余裕の80kg越え。肥満の程度を表すBMI値も、肥満を示す25を上回っていた。血圧、血糖値に関しては正常範囲内にとどまっていたものの、脂質値では正常上限を大きく上回っていた。もっとも衝撃的だったのは腹囲であり、前年度比較で7cmも増加していた。あと少しで1メートルに手が届くウエストになっていたのである。腹囲が85cm以上またはBMI25以上で、さらに血糖、脂質、血圧、喫煙歴のどれか一つに異常値があった場合、特定保健指導をうけることになるらしい。私の場合は動機付け支援というプログラムの対象となり、保健師さん・管理栄養士さんと面接を行い、生活習慣を振り返り、自分に実行できる行動計画を立案する事になった。プログラムに記載された施設(とあるスポーツジム)の人と面接を行う日取りについてメールのやりとりを行い、8月のある日にそこのジムに出向くことになった。驚いたことに面接当日には、そこで行動計画を立案するだけでなく、スポーツジムの設備を無料で使わせてもらえる事になっていた。とても得をした気分になり、何かが始まる予感にこころときめくのであった。

(続く)


2015年1月16日 診療部U

実録 メタボ戦記③

【私と体脂肪との500日間の戦い】
第3話 それまでの生活を振り返ってみた話(その1)

数日後に控えた面接の前に、自分の今までの生活習慣について振り返ることにした。体重が増加し続けていたこと、特に腹部周りの脂肪がついていたことについて、それなりに認識していた。原因についても思い当たる節がある。運動不足と食生活である(ほとんどの人がそうだと思うが)。まず運動だが、自分の場合小学生のころから剣道の道場に通い、大学まで運動部に所属しており、肥満とは無縁の生活を送っていたように思う。仕事を始めてからは、生活が不規則になり、定期的な運動ができなかった。13年ほど前に家電量販店で見かけた家庭用のエアロバイクを大変気に入り、その場で購入したことがある。当時12万円もしたその装置であるが、購入の際に妻は家が狭くなるという理由で猛反対した。またどうせすぐにやめてしまうと思っていたらしく、私の体重が1kg減る毎に1万円くれると完全に人を小馬鹿にした挑発をしてきたのだった。もともと気に入ったことはトコトンやる性格なので最終的に8万円の回収に成功した。とてもお世話になったその装置だが、8年ほど使った段階で故障まではいかないが、不具合が発生してしまった。ペダルを踏むとガタンガタンと異音がするようになったのだ。自分としてはまだ使えそうだったのだが、その音が他の部屋に響くため、夜間や早朝の運動が不可能になってしまった。

(続く)

2015年1月28日 診療部U

実録 メタボ戦記④

【私と体脂肪との500日間の戦い】
第4話 それまでの生活を振り返ってみた話(その2)

8年間苦楽をともにした家庭用エアロバイクがほぼ使用不能になってしまったのだが、かなり悩んだあげく、もう一台購入してみることにした。さすがに12万円は高すぎることから、通信販売のアマゾンで手ごろな価格のエアロバイクを購入する事にした。慎重に吟味したつもりだったが、配達された装置をみて、そのあまりにチープな造りに正直ガッカリした。それでも運動を再開することができ、その装置のおかげである程度体重増加を防ぐことができていたものと思われた。しかし機械の快適な状態はさほど長く続かず4年くらい使用したらやはり異音が発生するようになってしまった。思うに家庭用エアロバイクはスポーツジムなどで使用する業務用に比較し耐久性がかなり劣るのであろう。8年くらい使用できれば御の字と考え、最初に使用した装置の再購入を検討したが、そのメーカーがエアロバイクの生産を中止しており、再購入は断念した。ちなみに家庭用エアロバイクを粗大ゴミとして回収してもらうのに、横浜市の場合1台あたり3000円かかる。

(続く)

2015年2月13日 診療部U

実録 メタボ戦記⑤

【私と体脂肪との500日間の戦い】
第5話 それまでの生活を振り返ってみた話(その3)

自宅で自分の生活のリズムに合わせた運動をする道が絶たれてしまい、これといった運動をしなかったため徐々に筋肉量が減少し、体脂肪が増加していったようである。それほど費用を掛けずに自宅で運動できないものかと考え続け、2013年のお正月にふと縄跳びをして運動不足を解消してみようと思いついた。あしたのジョーなどのテレビでみたことのある、ボクシングジムでボクサーが淡々と行っている、あのイメージである。またしても通信販売のアマゾンで比較的高価な跳び縄を購入した。近所の人にみられたら何となく恥ずかしいので、人目につきにくい裏庭の方で縄跳びをしてみた。当初の予定では1ラウンド3分間淡々と縄跳びを行い、多少のインターバルをおいて5ラウンドほどこなす予定だった。しかし現実は甘くなかった。縄跳びの動作が思った以上にキツいのだ。心肺機能でリミットがかかると言うより、ふくらはぎの筋肉が猛烈に疲労していくため、縄が足に引っかかってしまい、どんなにがんばっても連続100回、持続時間にして50秒が限度であった。おそらく体重が重いことも影響しているものと思われた。テレビでみたボクサーが軽々とそして淡々と長時間跳び続けるというあのイメージは今の自分においては不可能であると思い知った。唯一良かったこととしては、一番下の子供(小学1年生)が父親が縄跳びをして遊んでいると思ったらしく、一緒に縄跳びをはじめたことだった。

(続く)

2015年2月18日 診療部U

実録 メタボ戦記⑥

【私と体脂肪との500日間の戦い】
第6話 それまでの生活を振り返ってみた話(その4)

さて当時の食生活だが、自分の性格として何か好きなことをトコトン行うということに関しては得意とするところだが、何かを我慢するということは全くの不得手であり、何かを食べたいという欲求を長期間抑えることは不可能と分析している。いわゆるダイエット法についてはそもそも関心が無く、いろいろなダイエット本など端から信用していない。食事制限に関しては、糖尿病の食事制限についての知識が多少ある程度である。毎日の朝夜の食事は家族と同じものを食べ、昼食は医局で一括で注文してくれるお弁当や病院内にある喫茶ひがしのランチを食べていたが、どちらも比較的安価でボリュームがあるため、とても気に入っていた。しかし冷静に考えれば、かなりカロリーオーバーであるのは間違えなさそうだった。お米の量も大変多く、お弁当の場合おかずは自分で選べるのだが、とんかつやコロッケなどの揚げ物や肉の炒め物を選ぶことが多かった。これ以上は太れないため昼食の量を減らそうと考えた。お昼は病院のコンビニでおにぎり2個とサラダを購入し食べることにした。満腹感はあまり得られないが許容の範囲なのでなんとか続いていたが、夕方に猛烈な空腹感(おそらく低血糖状態)に襲われ、動けないくらい辛くなってしまうことがおおくなった。そのような場合は自動販売機で売っているあんパンやお菓子類を食べることになるのだが、今考えると糖質過多なのは間違いが無く、タンパク質が少ない食事だったような気がする。数ヶ月そのような食事をしていたが、食欲を我慢した割には全く効果がなかった。その結果が健診にもはっきりと現れていたわけである。

(続く)

2015年2月25日 診療部U

実録 メタボ戦記⑦

【私と体脂肪との500日間の戦い】
第7話 管理栄養士さんに栄養指導を受けた話(その1)

いよいよ待ちに待ったその日がやってきた。約束の時刻より少し前に到着し、ジムの受付の人に栄養指導の予約をしている者ですと話しかけたところ、栄養指導の前にジムの入会手続きを行いますといわれた。ジムへの入会については初耳だったので、やや困惑してしまった。それを察した受付の人が、今回の動機付け支援プログラムについて説明してくれた。このプログラムは栄養指導だけでなく、ジムで運動をすることへの支援も含まれていて、本来ジムに入会するときに必要な入会金が無料であり、今日は栄養指導の後にジムで運動してもらうということだった(こちらも無料)。明日以後はジムを利用するたびに料金(1000円+消費税)を支払うという都度会員にしてもらえるということだった。つまり仮にジム通いに挫折してしまった場合でも、経済的な損失が最小限で済むという、とても粋な計らいがされているようだった。おそらくは多くの先人たちがこのような支援を受けたが長続きせず、目的を達成できないまま無念にも散っていった歴史があり、その経験から作り出されたシステムなのであろう。無事入会手続きを済ませた後、ジムの奥の方の部屋に案内された。そこで栄養指導をうけるようである。すぐに栄養指導をしてくれる先生が来てくれたのだが、その先生は自分の予想に反して、若くてスラリとした女性だった。

(続く)

2015年3月5日 診療部 U

実録 メタボ戦記⑧

【私と体脂肪との500日間の戦い】
第8話 管理栄養士さんに栄養指導を受けた話(その2)

特に深く考えたことはなかったのだが、管理栄養士さんという職業の方について、学校給食などを作っている年配の女性をイメージしていたため、今回栄養指導をしてくれる先生が若い女性だったことはとても意外だった。もっと違ったシチュエーションであれば何かときめくものもあったのだろうが、今回の自分は”メタボ”の烙印を押された哀れな中年男性である。格好のつけようもなく、一人のメタボリックシンドローム患者としておとなしく指導をうけるしかなかった。
最初に体重や体脂肪率、筋肉量などについての測定を行ったのだが、夏休みの家族旅行でひたすらおいしいものを食べ、夜は毎晩お酒を飲んでいたのが祟ったのか、前回の健康診断よりもさらに体重が増加しており、体脂肪率はかなり多く、筋肉量は少なかった。先生から普段の食事や通勤方法、運動習慣などを訊ねられたので、ありのまま話してみた。食事については自分なりに節制しているつもりだと、お昼の食事内容(第6話参照)を語ってみた。
一通り話したあとに、先生から今後の行動計画と目標を設定するので、希望など考えを聞かせて欲しいといわれた。待ってましたとばかりに、”あまりハードな食事制限はせずに、運動は週1回程度、ボディー的には西島秀俊みたいな、いわゆる細マッチョ系の感じをめざしてみようと思います”と目標というより妄想に近いビジョンを語ってみたのだが、ほとんど聞き流されてしまった。先生が言うには、このままメタボ状態が続くと成人病のリスクが上がってしまうので、見た目がどうとかではなく病気の治療のような気持ちで臨んでほしいと御指導をいただいてしまった。誠にその通りである。
(続く)

2015年3月16日 診療部U

実録 メタボ戦記⑨

【私と体脂肪との500日間の戦い】
第9話 管理栄養士さんに栄養指導を受けた話(その3)

一般的な栄養指導のあと、具体的な行動計画の立案が始まった。可能なら最低1週間に2回はちゃんとした運動をした方が良いとの事であった。現在体脂肪率が高く、筋肉量が少ないので、しっかりとした筋肉づくりと30分以上の有酸素運動を組み合わせるのが効果的だといわれた。筋肉量が増えると基礎代謝が増えるため、有酸素運動をしたときだけでなく、日常生活においても脂肪燃焼が期待できるらしい。食事については、筋肉をつけることを優先させるため、極端なカロリー制限などは行わず、タンパク質をしっかりとるバランスの良い食事を勧められた。つまりしっかり運動している限り、ある程度好きなものを食べてもいいらしい。この方針は自分にとっては夢のようなものだった。”ガンガン食べて、ガンガン運動する!!”(ひょっとしたら自分の勝手な解釈だったのかもしれないが)自分にピッタリのプランではないか。何かこころの奥底から熱いものが湧き上がってくるのを感じた。これでメタボと闘える!メタボ戦士が誕生した瞬間であった。指導をうける前はただの哀れなメタボ中年と自分を卑下していたが、今は違う。おそらく管理栄養士の先生の目にも、メラメラと燃える熱い闘志を抱く男の姿が眩しく映っていることであろう。
(続く)

2015年4月14日 診療部U

実録 メタボ戦記⑩

【私と体脂肪との500日間の戦い】
第10話 ジムで運動をした話(その1)

栄養指導のあとは、予定通りジムで運動することになった。実のところ、このときまでスポーツジムというものに行った事が無かった。自由に使える時間が少なかったこともあるが、きちんと通う覚悟や保証がないまま入会金や月々の会費などを払い、ちゃんと元が取れるのか自信がなかったことが主な理由だったように思う。初回ということもあり、コーチの人がついてくれて色々と運動方法について教えてくれた。先ほど測定した体重や体脂肪率などのデータを参考に運動のメニューを作ってくれた。まず筋トレ用のマシンコーナーに案内してくれたのだが、そこに並んでいる多くの筋トレマシンに何か素晴らしい可能性のようなものを感じた。コーチによると、筋トレの初心者は大きな筋肉を鍛えることから始めるのが良いということであった。コーチに今後使用すべきいくつかの筋トレマシンを選んでいただき、それぞれの正しい使用法、フォーム、呼吸法などを懇切丁寧に指導していただいた。マシンによっては何かロボットを操作しているような感覚のものもあり、筋トレといってもなかなか楽しいものと感じた。連続10回の運動がギリギリできるくらいの重さに調節して、2セットから3セット行うようにすすめられた。筋トレ後はけっこうな筋肉の疲れがあったが、筋力アップという意味で、確かな手応えを感じた。マシンを使った筋トレは、自分が学生時代に野球部で行っていたバーベルや鉄アレイをただ持ち上げるだけの筋トレとは全くの別物と考えてよいのであろう。
(続く)

2015年4月22日 診療部U

実録 メタボ戦記⑪

【私と体脂肪との500日間の戦い】
第11話ジムで運動をした話(その2)

ジムでの筋トレを十分に楽しみ、その効果も実感したあと、少しの休憩をはさみ有酸素運動を行うことになった。筋トレマシンと同様に有酸素運動用のマシンも様々な種類のものが設置されていた。コーチの人にどのマシンが良いのか尋ねてみたところ、基本的に30分ほど続けて行うものなので、自分の好みにあうものが良いだろうという答えだった。病院での検査にある運動負荷心電図で使用するトレッドミルと同じようなランニングマシンや、以前自宅でお世話になったエアロバイク、文章では説明しにくいのだが空中を走るように運動する大型の装置(走る時の着地の衝撃がないため、膝や腰に負担をかけずに運動するための装置のよう)など、どれにしたらよいか迷うような感じだった。

効率的に脂肪を燃焼させるためには、ある程度の時間(およそ30分が目安)使い続ける必要があり、マシンの順番待ちがなるだけ発生しないように、一般的にスポーツジムでは同じ装置が複数台設置されているようだ。多い装置では5台以上もあるのだが、よく見ると隅っこのほうにポツンとたった1台だけしか設置されていない大型のマシンがあった。なんとなく興味を引いたのでコーチに尋ねてみたところ、”あー、あのマシンは運動強度がきつすぎて全然人気がないんですよ。定期的に使ってる人なんていないんじゃないかな・・・”との返事だった。コーチの言うことが本当だとすると、このマシンを主に使うのであれば、いつでも好きな時に好きなだけ使用できるマイマシンにできるのではないかと思い立った。先ほどの栄養指導でハートに火がついている状態だったので、きつすぎるマシンというコーチの言葉が逆に刺激になり、有酸素運動はこのマシンでいこうと決めた。さっそくマシンに乗り、左右の足を斜めに設置されたレールの上の足台に載せた。両手は左右の足の動きに連動した金属の棒を握っても良いし、心拍数をモニターするのであれば、中央の動かない金属棒を握りながら足台をひたすら踏み込み、傾斜のきつい坂道を登るように運動するようである。マシンの操作盤に年齢、身長、体重、性別を入力し、心肺機能向上というモードで始めてみた。運動を始めたところ、コーチの言っている意味がすぐにわかった。一歩一歩の踏み込みの距離と高低差がかなりあることと、踏み込みの抵抗がかなりキツいのだ。以前あっさり挫折してしまった縄跳びは心肺機能ではなく下肢の筋持久力の問題だったが、この装置は純粋に心肺機能に負担がかかるようだった。心拍数は開始3分で160回/分を超えてしまい、警告音が鳴り始めてしまった。警告音をリセットして運動を続けたが、5分くらいしたらあまりに激しい動悸のためギブアップせざるを得なかった。

解剖学的には絶対にあり得ないことだが、「ハウルの動く城」のワンシーンのように心臓が口の中から飛び出してくるような感覚におそわれてしまった。とりあえず初日だからと自分を慰め、今日の有酸素運動はこのくらいにすることにした。
(続く)

2015年5月14日 診療部U

実録 メタボ戦記⑫

【私と体脂肪との500日間の戦い】
第12話 ジムで運動をした話(その3)

ジムに行き始めたのは8月中旬からだったが、それ以来ジム通いにすっかりハマってしまった。筋トレはいたって順調で、服の上からでもわかるくらい筋肉がしっかりしてきたような実感があった。また有酸素運動も初日こそギブアップしてしまったマイマシンではあったが、その後何となくコツのようなものを会得し、きっちり30分間運動できるようになり、時間に余裕がある日は2セットこなすまでになった。運動強度はかなり強く30分あたりの消費カロリーは約350キロカロリーと中々の消費量だった。定期的に運動する事で気分も良く、身体の調子も良いような気がした。考えてみれば日常生活で限界近く筋力を使う場面など無く、また心拍数が140回/分以上で数十分運動する事など皆無である。若い頃スポーツをしていたときは全く考えたことはなかったが、身体を鍛えるという言葉の意味が理解できたような気した。ちゃんと運動している限り食事の制限はしなくて良いので、タンパク質の摂取に重点をおいて食事をとることを心がけた。昼食は喫茶ひがしのカツ丼やカツカレーを連日食べていたような気がする。ジムに通う前はその二つのメニューはカロリーが高すぎる印象があり、なるだけ食べないようにしていたが、そんな必要もないような気がしていた。さてそのような日々を送り、秋の健康診断の時期になった。前回は80kgを大きく超えていたが、今回の計測で体重はジム通いを始めた頃に比べおよそ6kgも減少していた。もちろんメタボ解消にはほど遠い数字ではあったが、いい方向に向かっているのは間違いなさそうだった。ガンガン食べて、ガンガン運動するという基本方針をしばらく継続していくことにした。
(続く)

2015年5月27日 診療部U

実録 メタボ戦記⑬

【私と体脂肪との500日間の戦い】
第13話 ジムで運動をした話(その4)

ジム通いは至って順調であったが、以前から少し気になっていたことがあった。病院から割と近いところにジムがあるため、知り合いとか患者さんとかにジムで会ったりしないかという懸念である。引き締まった肉体が完成していれば、何も恥ずかしいことはないのだが、引き締まっていないからジムに通っているわけで、ブヨブヨしたお腹でがんばっているところを第3者にみられるのは何としても避けたいような気がしていた。幸いジムにいつもいる人たちの中には知り合いはいないようだったので、安心して運動に専念することができ、それなりに結果を出せていたようにおもう。そうしたある日ちょっとしたハプニングがあった。いつも通りマイマシンで運動しているときに、その横をあまり話したことのない同僚の女性の先生が通り過ぎたので思わず挨拶をした。向こうも声を掛けられたことが意外だったようで軽く会釈してくれたあと奥の方にいってしまった。あの先生もこのジムに通っているのかと思ったが、いったいどんな運動メニューをしているのかと何となく興味が湧いてきた。有酸素運動をするときはおよそ30分くらい続けるので、人によっては音楽を聴いたりしているのだが、自分の場合は音楽などを聴くことはなく、ひたすら何かを考えながら運動していることが多い。そのため今回の思索の対象が同僚の女性の先生に向けられた。やはり自分と同じように筋トレと有酸素運動が目的なのだろうか?もしくは自分は参加したことはないのだが、スタジオレッスンでダンスをしたりするものなのだろうか?その先生はスタイルも良く、自分のようにメタボ解消目的でジム通いをしている可能性はほぼ無いため、やはりダンスなどが目的ではないかと考えた。そうなるとどんな格好で登場するのかということが興味の対象になった。フラダンスなどをするのであれば、それに適した服装でくるだろうし、ひょっとしたら昔テレビアニメでやっていた”キャッツアイ”のようなレオタード姿なのであろうか?普段は白衣姿しか見たことがないため尚のことイマジネーションが刺激されてしまい、ふとマシンの操作盤をみると、いつもよりかなり心拍数が上昇していた。しかしいくら待っても出てこないので”こっ・・これはまさかの水着!?”と思った瞬間に、小さな子供を連れたその先生が出てきた。どうやらジム通いしているのはお子さんらしく、迎えに来ていたようだった。いろいろ期待した自分がバカみたいに思えてきて、その日は有酸素運動に対しての情熱も半減してしまった。有酸素運動をするときはあまり邪念を持たず、禅のこころのような無想状態で行うべきであろうと考えたのであった。
(続く)

2015年6月5日 診療部U

実録 メタボ戦記⑭

【私と体脂肪との500日間の戦い】
第14話 ジムで運動をした話(その5)

ジム通いを定期的にしている事が同僚の中にも知られてくると、中にはスポーツジムに興味を持つ人もおり、会費などについて聞かれることもある。実際にどのくらいお金がかかるものなのか少し考えてみた。前述のようにメタボ健診の支援プログラムでジムの会員になったので入会費は無料で、2回目以後は都度料金といって1回あたり1000円+消費税を払うだけで良い。最初はなんてありがたい制度だと心から感謝していたが、ジム通いが頻回になると様々な障害を生むことが判明した。まず毎回お金を払うので、せっかく来たのだからと元を取るために、ついつい長くジムにいるようになってしまい、多くの場合3時間くらいねばる事が多かった。そのためけっこうクタクタになり家に帰ったら夕食をたべてすぐ寝てしまうような生活になった。それはそれで健康的な生活のような気もするが、私生活を全て運動に費やす訳にもいかない現実がある。さらに週に数回通うようになると、1000円+消費税の都度料金が積み重なりけっこうな額になることが判明した。医者なのだからセコいことは言うなと思われるかも知れないが、給料は全て妻に渡しており、月々の小遣いからやりくりしているわけで、同僚でも金遣いの荒いものは少数派である。都度料金をなんとかしたいと考えていたところ、ジムのエレベーターにお得情報というポスターが貼ってあるのに気づき、よく読むと4回分の都度料金で5回分通える回数券なるものが売っているらしい。これは良いと考え、早速購入したのだが、その頃は月15回くらい通っていたので結局は月会員になった方が安い計算になるようだ。月会員だど会費は毎月カードなどから引き落とされる。万が一通う回数が少なくなるリスクを考えて月会員になることに二の足を踏んでいたところ、職場の福利厚生のベネフィットステーションという会社からの案内で1月中に申し込むと、それ以降はべらぼうに安い金額(毎月6000円+消費税)で月会員のサービスが受けられるというものが送られてきた。もはやなんの躊躇もなくすぐに申し込み、超お得な月会員になることに成功した。これであればサクッと1時間だけ運動するという使い方も可能になり、休日の少し空いた時間とかも利用できるようになった。なにより毎月いくら通っても都度料金たったの6回分と考えたら、とてもハッピーな気分になった。記録的な大雪が2度も降った2014年の2月ではあったが、積雪などものともせずせっせとジムに通ったのであった。しかしそのような幸せな日々も長くは続かなかった。消費増税にともなう値上げの波がスポーツジムにまで押し寄せたのである。
(続く)

2015年6月8日 診療部U

実録 メタボ戦記⑮

【私と体脂肪との500日間の戦い】
実のところ本当に消費増税に伴う値上げかどうか不明なのだが、ジムの月会費が大幅に値上げになってしまった。具体的には、もともとのプランは法人月会員というもので月6000円+消費税で利用制限なしであったが、4月からの改定により利用制限なしというプランそのものが無くなってしまった。月4回、8回、12回までの各固定料金があり、それぞれの制限を超えた回数は都度料金を支払うという、自分にとっては最悪の改定だった。また料金的にもお得感など微塵もなく、もはや積極的に通う理由はなくなってしまった。そうなると今までキラキラと輝くように感じていたジムでの運動が、何か色褪せて見えるようになってしまった。そのためジムに対するいろいろな不満な要素が気になりだした。もう少し設備の整ったジムに移ろうと決意をしたが、それでも気がかりなことがあった。いつも親切に指導してくれたYコーチとマイマシンである。マイマシンに関してはあきらめるとして、お世話になったYコーチには何となくやめることを言い出しにくく、退会手続きができないでいた。ところがある日Yコーチからの運動指導が終わったあと、Yコーチがさわやかに”あ、Uさん。おれ今度の3月でここ辞めますから・・・。お元気で!”とサラッと言われてしまった。もはや完全にこのジムに通う理由がなくなってしまったので、その日のうちに退会手続きを済ませ、4月から新しいジムに行くこととなった。
(続く)

2015年7月27日 診療部U

実録 メタボ戦記⑯

【私と体脂肪との500日間の戦い】
第16話 ジムで運動をした話(その7)

新しく通うジムは、もともと通っていたジムからさほど遠くない場所にある。そこはとても大きなジムであり、夜遅くまで営業していることが自分にとって魅力であった。また職場の同僚も数名がそこに通っており、なんとなく楽しめそうな気もしていた。前述のベネフィットステーションを利用するとそれなりにお得な料金で月会員になれることもポイントが高かった。4月1日から月会員になり、こちらのジムにお世話になることになった。通所の初日に体重や体脂肪測定を行った。昨年8月のジム通いを始めた頃に比べたら雲泥の差といっても良い数字ではあったが、そのような事情を知らないコーチからするとまだまだ筋肉量を増やし、体脂肪を減らす必要があるとのことであった。今後使用する筋トレマシンと有酸素運動マシンの使用方法を説明してもらったのだが、残念なことに前のジムにあったマイマシンと同型の機種は存在しなかった。ひょっとするとあまりに不人気な機種のため現在は生産が中止されているのかも知れない。
(続く)

2015年9月1日 診療部U

実録 メタボ戦記⑰

【私と体脂肪との500日間の戦い】
第17話 ジムで運動をした話(その8)

新たなジム通いは極めて順調であった。筋トレと有酸素運動主体のメニューを継続し、自分としてはそれなりに結果が出ているように感じていた。そうなると春だからなのかもしれないが、なんとなく新しいことを始めてみたくなった。

どのジムも大体同じだと思うが、ジムの月会員になると筋トレ、有酸素運動、プールでのエクササイズ(水泳やアクアダンス)、スタジオレッスン(ダンスやヨガ)などを自由に受けることができる。テニススクールやゴルフレッスン、スカッシュなどは別料金のようである。運動の効果もそれなりに出てきたようで、人前に出てもそれほど恥ずかしくない身体になったような気がしていた。そこで通信販売のアマゾンで競泳用の水着を購入し、プールデビューすることにした。前のジムにもプールがあるにはあったのだが1つだけしかなく、多くの時間は子供の水泳教室をやっていた。水泳教室と自由に泳ぐ場所とはコースレーンで分けているのだが、子供たちがたくさんいるプールに入ることになんとなく抵抗感を感じてしまい、結局1度も利用したことがなかった。

新しく通ったジムにはプールが2個あり、そういう面で安心だった。水泳に関しては学校の授業で習っただけだったが、それなりに泳げていたような気がしていたため、まあなんとかなるものだと思っていた。久しぶりに入るプールはとても気持ちがよく、以前行っていた感覚で平泳ぎ、クロールを泳いでみた。久しぶりに泳いでみて感じたことだが、全くスピードが出ないことがとても気になった。さらに25m泳ぐだけでも息が上がってしまい、とてもではないが長い距離を泳ぐことなど不可能だった。休憩がてら他の人が泳ぐところを観察していたのだが、上手に泳ぐ人はとても優雅に大きなフォームで泳いでいるようだった。おそらくはフォームの違いがポイントなのであろう。書店に行き水泳の参考書のようなものを立ち読みしてみたが、今ひとつイメージが湧かなかった。参考書の中にはDVDがついている本などもあったが、けっこう高かった。やはり、映像でフォームを学習すれば泳ぎも上達できるのだろうと考えた。思い切ってDVD付きの参考書を買おうと考えていたが、ひょっとするとユーチューブなどの無料動画でも勉強できるのではないかと思いつき、スマートフォンで検索してみた。驚いたことに、水泳のフォームを教えてくれる動画がたくさん見つかった。その中でも気に入った動画があったのでそれを見て泳ぎの勉強をする事にした。動画を見る→泳ぎのフォームのイメージを持つ→プールで実践する→いまいちイメージ通りにならない→再度動画を見る というループを延々繰り返す日々が続いたが、驚くほど水泳が上達していった。泳ぐスピードが特別に速いわけではないのだが、大きくゆっくり泳ぐことができるようになったため長距離を泳げるようになった。
いままでの運動に新たなジャンルが加わったため、ジム通いがより楽しくなったような気がした。
(続く)

2015年9月11日 診療部U

実録 メタボ戦記⑱

【私と体脂肪との500日間の戦い】
第18話 ジムで運動をした話(その9)

スポーツジムでの運動の王道である有酸素運動、筋肉トレーニングに加え水泳も行うようになったので今度はスタジオレッスンにも挑戦してみたくなった。ジムのスタジオレッスンは実に多彩である。数種類のヨガ教室や空手教室、エアロビクス、各種ダンス教室がある。何となくヨガにも興味があったが、ここはかっこよくダンスを始めてみようとおもった。ダンスに関しては少しばかり造詣が深いと自負している。学生時代は大阪で過ごしたのだが当時バブル経済の全盛期であり、世の中は空前のディスコブームだった。キタやミナミのディスコに通い、日々社交性を高めるための修練を積んでいたものだった。ディスコの華やかな雰囲気にすっかりハマってしまい、当時は本気でディスコのウェイターになろうと思っていたのだが、結局ディスコに就職することはなかった。ダンスレッスンのクラスはたくさんあり、バレエやラテンダンス、ヒップホップなどがあったが、そのなかでもハウスダンスというのが何となく良さそうな気がしたので参加してみることにした。自分が通えそうな時間帯のレッスンは日曜日の夕方にあり、15分コース、30分コース、60分コースと続けて行われていた。15分コースから参加するつもりだったが遅刻してしまい30分コースから参加することになった。これが大きな間違いだった。後から気がついたのだが15分コースでその日のステップを簡単に学び、30分コースでその応用を行い、さらに60分コースでは難しいステップを組み入れるというプログラムだったのだ。30分間見よう見まねでがんばってみたが、とても歯が立つものではなかった。ダンスの先生が見せてくれる、ハウスダンス特有の華麗で軽快なステップなど簡単にできるものではないことを思い知らされた。冷静に考えたら若い頃ディスコに通ってはいたものの、別にダンスを勉強していたわけでは無く、お酒を飲んだり音楽を聞いたりその場の雰囲気を楽しんでいただけだったのだ。慣れないダンスをしたことで体力的に限界に近い状態になり、さらにまともに踊れなかったことによる精神的なダメージから、レッスン終了のころにはスタジオの後ろのほうでグッタリとダウンしてしまった。今後スタジオレッスンに通うことはないだろうと打ち拉がれていたころ、誰かにトントンと背中をたたかれたので振り返ってみた。そこにはいかにも常連のベテランダンサーという感じの、頭に真っ赤なバンダナを巻いた同年代くらいの男性がいて、こちらに話しかけてくれた。”初心者の人でも続ければいつかは必ずうまくなるのがダンスだから、次もぜひ来てくれよ。おれも最初は全然できなかったけど、少しずつ上達したよ。”と励ましてくれたのだ。久しぶりに激しい挫折感を味わった後だっただけに、正直うれしかった。その日の60分コースには参加できなかったが、今後も続けてみようと思うのであった。
(続く)

2015年9月24日 診療部U

実録 メタボ戦記⑲

【私と体脂肪との500日間の戦い】
第19話 初めてのスランプと人生を変える出会いの話(その1)

2014年も秋になり、新しいジムに通うようになってから半年が過ぎていた。一度は挫折したハウスダンスだったが”師匠”のおかげで再チャレンジする事ができ、ダンスだけでも週に2回欠かさず出席するようになった。6カ月も通い続けると一応常連としての地位?も確立できたような気がした。通い続けてわかったことなのだが、多くの人がハウスダンスのレッスンに”一度だけ”参加して、その後はほとんどの場合2度と参加しなくなることが判明した。自分が味わったあの挫折感をほとんどの人が味わい、それを克服できないままに2度と参加することはなくなるのだろう。自分の場合は師匠が救いの手をさしのべてくれたので、今なお中年ダンサー見習いとして研鑽を積むことができているのである。師匠にはとても感謝しているのだが、実は師匠もそれほどダンスが上手だった訳ではなく、さらに途中から来なくなってしまったため、ちゃんとしたお礼もいえずに音信が途絶えてしまった。さて筋トレ、有酸素運動、水泳、ハウスダンスと、ほぼ理想的といえる運動の日々であったが、実はこのころ深刻な悩みがあった。これだけ頻繁にジムに通っているにもかかわらず、体脂肪が全くと言っていいほど減らなくなってしまったのである。水泳をするときに自分の身体を観察すると、以前に比べれば肥満体と言う意味では雲泥の差なのは明確だが、皮下脂肪(とくに腹部周り)が減っていないようで、あえて表現するならば引退したプロレスラーの身体というのがピッタリだった。つまり筋肉はそれなりについているが、その表面を覆うように皮下脂肪の層が分厚く存在しているのである。自分が目指すところの西島秀俊のような細マッチョなどは夢のまた夢であり、自分で言うのも辛いことだが全然かっこうよくないのである。またブログのタイトルでもある”メタボ戦記”のメタボを克服するのであれば腹囲を85cm以下にしなければ話にならない。基礎代謝の関係からか、中高年は脂肪燃焼の効率があまり良くないというのは知識としてはあったが、現実的に我が事としてここまで思い知らされるとは想像もしなかった。自分の腹部の皮下脂肪は、あたかもシベリアの永久凍土のように、いつまでも固く凍り付いたままであった。このままではいけない!このままではこのブログの企画も自然消滅か、もしくは10年くらいの長期連載になってしまうのではないかと悩み始めた。そんな2014年の秋のある日、当病院での院内講演会で、自分の人生を変えるような出会いがあったのである。
(続く)

2015年10月8日 診療部U

実録 メタボ戦記⑳

【私と体脂肪との500日間の戦い】
第20話 初めてのスランプと人生を変える出会いの話(その2)

皆さんは、けがや火傷に対して、創傷部位の消毒を行わずに傷付近の組織から出る体液を保護膜等に用い有効利用する事で、痛まず早くきれいに治すという”湿潤療法”というものを聞いたことがあるだろうか。
この湿潤療法は形成外科界に革命をおこした画期的な治療方法と言われている。その考案者である夏井睦先生がご自身の湿潤療法についての講演を行ってくれるという信じられない企画が、2014年秋に当院の第1会議室で実現した。もちろん私も参加させてもらったが、想像以上に素晴らしい講演だった。満席で立ち見の聴衆が多数いる講演会場は熱気に包まれ、その多くの人々が夏井先生の湿潤療法理論に魅了されていた。私は外科系では無いので湿潤療法を実際に行うことはあまりないが、それでも機会があれば必ず実践しようと思った。講演の中で湿潤療法とは別に、糖質制限についても簡単に説明してくれたので何となく興味を持った。夏井先生ご自身も大変スラッとした体型で、”糖質制限”を実践しているらしい。夏井先生は著書も多数あり、講演の後に早速通信販売のアマゾンで名著である”傷はぜったい消毒するな~生態系としての皮膚の科学~ ”を注文したが、もう一つ”炭水化物が人類を滅ぼす~糖質制限からみた生命の科学~”という本も一緒に買ってみることにした。同時に2冊届けられたのだが、糖質制限の方から読んでみたところ、これまた衝撃的な内容であった。人間栄養学というものをほとんど理解していなかった自分にとって、全てのページが新たな発見の連続であった。何度も繰り返し熟読し、その内容を理解する事ができた。
そして糖質制限食の先駆者といわれる江部康二先生の著書である”主食をやめると健康になる ー 糖質制限食で体質が変わる!”も購入し、こちらも熟読のうえ理解する事ができた。そして自分の結論としては、”糖質制限食理論は、おそらく真理であり、自分の現状を打開してくれる 唯一の方法であろう”というもので、早速実践する事にした。
(続く)

2015年10月16日 診療部U

実録 メタボ戦記㉑

【私と体脂肪との500日間の戦い】
第21話 死闘!!糖質制限 (その1)

実は以前このブログで食事制限について寄稿した事がある。かなり古い記事なので今は閲覧できなくなってしまったが、そのときに2008年のNew England Journal of Medicineに掲載された糖質制限食VS脂質制限食VS地中海食の内容を紹介している。この研究によると体重減少効果は糖質制限食が最も優れ、その後(2年目以降)のリバウンドは地中海食が最も優れているという事だった。もしもこの論文に興味があるのであれば”糖質.jp”というインターネットサイトでとてもわかりやすく紹介されているので閲覧してほしい。寄稿した当時、自分自身はそれほど食事制限について必要性を感じていなかったので、糖質制限食にほとんど興味をもたず、単なるキワモノダイエット法の一種という認識しかなく、自分が行う事は無いだろうと思っていた。しかし糖質制限理論についての正しい知識を持ってしまい、そのうえ自分自身がメタボと戦い続けている現状から、もはや実践しないという選択肢はなかった。糖質制限を理解するうえで必要な事は、まず自分自身が物心ついたときから現在まで、当たり前と思っていた食生活について疑問をもつことができるか否かに尽きると思う。いわゆる”常識を疑え!”というやつである。この考えができなければ糖質制限食を理解し実践する事は不可能である。糖質制限食とはすなわち、主食とよばれる食材である糖質(ご飯・パン・麺)の摂取を制限する食事の事である。そんなことが本当に可能なのか?近所のコンビニエンスストアで食材を購入しようと思った場合、まずチェックするのがお弁当やおにぎり、サンドウィッチコーナーであり、そのどれもが大量の糖質を含んでいるではないか。そもそも主食なしに毎日の食生活は成り立たないのではないか?それが一般的な人々の発想であろう、現に自分もそうだった。実践的な糖質制限食として、一日のうち1食だけ糖質制限をする”プチ糖質制限”と2食を糖質制限する”スタンダード糖質制限”と3食とも糖質制限をする”スーパー糖質制限”の3種類がある。自分としては単純にメタボ対策だけで無く、糖質制限理論が真理なのかどうかについて検証する必要があったため、徹底的に行うべくスーパー糖質制限を行おうと決意した。ただ朝食と夕食は自宅で食べるので、工夫すれば何とかなりそうだが問題は昼食である。今までどおりの昼食ではどんなことをしても糖質制限食にはなり得ないだろう。なぜなら”喫茶ひがし”やお弁当を注文して、ご飯だけ残すのはどう考えても罰当たりである。かといって自宅から糖質制限弁当を持ってくるのも不可能だった(単なる家庭の事情)。昼食で糖質制限をするためには、加工が簡単で、常温で長期保存ができる食材を見つけることが必要不可欠だった。そんな食材はあるのだろうかと数日間悩み続けたが、以外に身近なところにヒントがあった。
(続く)

2015年11月16日 診療部U

実録 メタボ戦記㉒

【私と体脂肪との500日間の戦い】
第22話 死闘!!糖質制限 (その2)

私の家には1匹の三毛猫がいる。もう6歳の立派な成猫で、毎日同じペットフードを食べているのだが、袋に入ったドライフード以外に缶詰のエサを与えることがある。我が愛猫はこれをとても美味しそうに食べるのだが、その光景を見ながらふと思いついた。ひょっとすると缶詰食品の中に糖質制限に適した食材があるのではないのかと。さっそく近所のスーパーマーケットに行ってみることにした。缶詰食品には色々なものがあるが、塩分が多かったり、ジャンクフードのようなものだったり、健康によさそうなものであれば高価であったりするイメージをもっていた。あまり期待せずにいろいろと物色してみたところ素晴らしい食材を発見した。一缶あたりのエネルギー量206kcal、タンパク質12.8g、脂質17.2g、炭水化物0.1g、食塩量0.6gという申し分のないスペックでありながら、1缶100円弱で常温保存可能、食べる際に特別な加熱などが不要と、自分の要求を100%満たしてくれる素晴らしい食材である。その食材とは”ツナ缶”である。これにマヨネーズで味付けして、いわゆる”ツナマヨ”にして食べてみてはどうかと考えた。ツナ缶1缶にマヨネーズ大さじ1杯を混ぜてツナマヨにすると計算上およそ300kcalになるようだ。これを2セット食べて600kcalにして、汁物としてパックのお味噌汁、病院の売店で糖質の入っていないサラダを購入してみることにしてみた。今回初めて知ったのだが、ツナ缶には幾つかの種類があり、微妙に味が異なる。その大きな理由は原料の違いによるものらしく、一つはマグロで、もう一つはカツオのようだ。なるだけ飽きないように毎回2種類とるようにしてみた。これで自分が考えるスーパー糖質制限食メニューが完成した。朝夕に関しては、家族と同じおかずを食べ、ご飯の代わりに豆腐を1パック食べることにした。飲酒に関してはビール、日本酒は糖質を多く含むことから飲むのを控え、糖質ゼロの発泡酒やチューハイ、赤ワインを主に飲むようにした。糖質制限理論を熟知し、熟考のすえに自分が(多分)実現可能な糖質制限食の具体的なメニューが完成した。あとは実践あるのみである。

いよいよメタボとの最終決戦に臨む時がやってきたようだ。今の自分は、かつて中途半端な食事制限(第5話参照)を行い、空腹感の前にあっさりと挫折し、全く効果が無いばかりかメタボを悪化させてしまった、以前の自分ではない。正しい人間栄養学を学び、糖質制限という強力な武器を持った最強のメタボ戦士であると自分を鼓舞し、糖質制限食を実践することにしよう。
(続く)

2015年12月18日 診療部U

実録 メタボ戦記㉓

【私と体脂肪との500日間の戦い】
第23話 死闘!!糖質制限 (その3)

さて、前回の食事内容で糖質制限を始めてみた。朝食、夕食の場面では家族全員が家長の食べる食事内容にかなりの違和感を持ったようだ。やはり主食抜きというメニューに違和感を持つ人たちが大多数であることを実感した。また昼食では驚愕のまなざしで見られることがほとんどであった。なんせツナ缶にドバッとマヨネーズをかけたものを二皿もたべているのである。そんな同僚がいたら自分でさえも驚くような気がする。変わった昼食をとる医師ランキングというものがあればおそらく全国のトップ10に入るのではないかと考えている。一度非常勤の女性の先生から”先生はマヨラーなんですね”と声を掛けられたこともあった。その先生に、自分はマヨネーズが好きなのではなく糖質制限を行っているのだと話し、糖質制限理論を15分ほど解説させてもらったが、ひょっとしたら迷惑だったかなと今は反省している。実際に糖質制限を行ってみて実感したことがいくつかある。一つは食事中や食後に満腹感を一切感じない事である。表現するのがやや難しいのだが、物理的に胃袋の中に食べた物が入っているという感覚があるにもかかわらず、精神的に食欲が満たされたという感じが非常に希薄なのである。おそらく主食のある食事を食べたときにみられる食後の急激な血糖上昇が、糖質制限食では発生しないため、満腹中枢を刺激することがないためであろう。満腹感を幸福感と思うような感性の持ち主には、ここら辺が難しいのかもしれないと思った。自分としては特に不満を感じることもなく、すんなりとクリアできた。それよりも驚くべきことは満腹感がないためか、空腹感というものをほとんど感じなくなったのである。以前は午前11時を過ぎた頃から空腹感を感じ始め、昼は何を食べようかソワソワし始めることが多かったが、その感覚が全く無くなったのだ。それは決して”どうせ昼はツナ缶だから”という投げやりなあきらめの気持ちになっているからではない。本当に空腹感を感じないのである。仕事が忙しくて食事をとることが大幅に遅れたり、昼食抜きになったとしてもイライラする感じが全く無くなったのである。これは午後3時過ぎのいわゆるおやつ時にもいえる。以前だったらちょっと甘い物でも食べようかという気分になっていたのが、全くそのような気分にならないのだ。今後詳しく解説する予定だが、糖質制限食では食後の血糖値の急激な上昇がなく、食後のインシュリン分泌量が非常に少ない。そのため食後しばらくしてからの血糖値が低下する現象も少なくなり空腹感を感じないものと思われる。優越感は劣等感の裏返しにあるというが如く、空腹感は満腹感の裏返しなのであろう。食欲だけに関してだが、何かその満腹感という支配から解脱し、悟りの境地に至ったような気分になったといえばわかっていただけるのであろうか。そんなわけで糖質制限食の導入はとても簡単に成功した。
(続く)

2016年1月27日 診療部U

実録 メタボ戦記㉔

【私と体脂肪との500日間の戦い】
第24話 死闘!!糖質制限 (その4)

糖質制限食を始めて数カ月が経過していた。家族や多くの同僚たちはその食事内容を目の当たりにして、早々にギブアップするものと思っていたようであったが、自分としては全く苦にならず糖質制限を続けていた。いっけん猫のえさのように見えるツナ缶ランチも自分にとってはごちそうになり、いちいち食事内容を考える必要がない安定した定番メニューになっていた。さて気になるメタボ解消効果であるが、驚異的な効果を発揮していた。メタボを指摘された頃は身長177cm、体重84kg、体脂肪率28%、腹囲95cmと悲しいくらいの中年体型だった。運動だけでメタボ解消を目指していた時期は、体重74kg、体脂肪率22%、腹囲87cmになっていたが、ここからの改善はストップしてしまい、スランプに陥っていた(第19話参照)。糖質制限食を開始したところ、劇的に体型が変化していった。それも運動だけではほとんど変化のなかった腹部とあご周りの脂肪がどんどん減っていったのである。人それぞれ感じ方は違うと思うのだが、自分としては最も格好よくやせていったように感じた。数字的には体重68kg、体脂肪率18%、腹囲81cmとほぼ自分が大学生の時と同じ体型になっていた。ジム通いは以前と同様に続けており、体力や筋力が落ちた感覚は無かった。ランニングマシンで1時間10km走を週に2回ほど行い、筋トレ、ハウスダンス、水泳なども今まで通り行う事ができた。フルマラソンなど体力の限界に挑むような運動は無理のような気がするが、普通の生活、普通の運動などでは、いままでの食事をしているときと全く変わらなかった。日々の運動を十分におこなったうえで、糖質制限食を実行することがメタボ解消の切り札になると断言する。次回からなぜ糖質制限食でメタボが解消できるのかを解説していこうと思う。
(続く)

2016年1月29日 診療部U

実録 メタボ戦記㉕

【私と体脂肪との500日間の戦い】
第25話 経験者が語る糖質制限理論(その1)

糖質制限理論を本格的に学びたいのであれば、第20話で紹介した本を読んでいただきたい。ここでは糖質制限理論の簡単な解説と自分の見解を述べてみようと思う。我々が常識と考えている事は、本当に正しい事なのかを考えたい。多くの人が実感できる、いわゆる昔のことは祖父の世代くらいまでのことであり、それより前の時代の事を実感することはないと考える。昭和初期や大正時代より以前のことは本で読んだり、映画やテレビのドラマなどでしか知る事ができない。食生活について自分が育った環境で考えてみると、小さい頃から食事は朝昼夕の3食で、主食にはご飯またはパンをとり、たまに麺類が主食になっていた。副食いわゆるおかずには調理された肉や魚、野菜などをとるのがあたり前であったし、おそらく多くの人が同じであろう。栄養素として考えた場合、炭水化物(糖質+食物繊維)が主食とよばれるものであり、副食がタンパク質、脂質および野菜などになる。栄養学でいうところの3大栄養素は糖質、タンパク質、脂質であり、現代の一般的な食事を摂取した場合にはカロリー的に糖質が50%以上、残りがタンパク質と脂質になるようである。このバランスは本当に体に良いものなのだろうか?生まれたときからそのような食事をしてきているし、自分の親も、祖父の世代もそうだったのであろう。つまり実感できる昔からずっと今のような食生活を送ってきているのだから、今の食事のバランスがあたり前、これこそが食事の黄金比と考えるのも無理がないと言える。現に厚生労働書がまとめている”日本人の食事摂取基準(2015年版)”においても、炭水化物50-65%、たんぱく質13-20%、脂質と脂質20-30%と書いてある。この割合の科学的根拠については日本人の平均的な食事を調査しその平均値を算出したものをベースに作られているらしい。もちろん日本人が長寿世界一である事実もふまえているのだろう。このような平均的な食事をとり、普通の生活をして、メタボと無縁の体型を維持できる人に関しては、そのままの食事を続けてもらって全く問題がないと思う。生まれついての体質に感謝するべきであろう。しかし自分のように普通の食生活では実際にメタボになってしまい、何とかしてやせたいと考えているひとは、この平均的な食事バランスの見直しが必要であると考える。糖質制限食の大きな誤解の一つに、3大栄養素の一つである糖質をほとんど摂らなくなるので、トータルの熱量が絶対的に不足するから痩せるというものがある。つまり脂質制限食やタンパク質制限食なども同じ食事療法として成り立つという考え方であるが、残念ながらこれは大きな間違いである。必須アミノ酸や必須脂肪酸の摂取の観点からも、極端なタンパク質制限食や脂質制限食はおすすめできない。ちなみに必須の糖質というものは存在しない。なぜならブドウ糖は体内で合成できるからである。以前紹介した、糖質制限食VS地中海食VS脂質制限食の研究では、糖質制限食は食べる量の制限は全くないが、脂質制限食、地中海食は摂取量の制限を設けている。そのハンディをものともせず体重減少効果に大きな差がついているという結果がある。また今回自分で体験したが、糖質制限中に空腹感に苦しんだ事は一度もない。食べるものと飲むものに糖質が含まれているか否か、という質的な制限をおこなうだけで、量的な制限はしなかった。それでも一気にメタボを克服したという事実がある。つまり中年を過ぎた人間が、余剰の体脂肪減少を実現するためには、運動だけでなく、何を食べるかという事が重要であり、その鍵が糖質制限なのである。その理論的裏付けは次回に紹介する事にする。
(続く)

2016年2月2日 診療部U

実録 メタボ戦記㉖

【私と体脂肪との500日間の戦い】
第26話 経験者が語る糖質制限理論(その2)

食べたものが身体の中でどのように変化していくのか、正確な知識を持つものは我々医師の中でも意外に少ない(学校の授業で習ったが忘れてしまっていると思われる)。たとえば、野生の肉食動物は常に捕らえた獲物の肉しか食べていないのに、なぜ低血糖にならないのか?野生のウシはカロリーゼロの草しか食べないにもかかわらず、大きな身体に成長するのか?これに対して正確に答える事ができるだろうか?以前の自分はそもそもそんな事を考えた事が無かったし、問われた事もなかった。だから以前の自分であれば、どちらも答えられない。今回勉強して学んだのだが、基本的に哺乳類の臓器や細胞の代謝の仕組みは、ほとんど同じである。草食動物は草を消化・吸収できると考えている人がいるが、これは間違い。草の主な成分であるセルロースを分解できる酵素を持つ脊椎動物はこの地球上に存在しない。では食べた草はどのようにして栄養分になっていくのだろうか。答えはウシの消化管内にいる腸内細菌にある。ウシには4つの胃袋があり、3つ目までの胃袋では胃酸が分泌されず、様々な腸内細菌が住んでおり、この腸内細菌たちが草を分解し、栄養分となる有機物に変化させているのである。肉食動物が低血糖にならない件はどうだろうか。答えはタンパク質の分解物であるアミノ酸などを原料にしてブドウ糖を作り出すという、肝臓で行われる糖新生である。食べたものは、消化管の内部や、消化吸収された後に体内(主に肝臓)での生化学反応によって変化するという認識をもってもらいたい。テレビコマーシャルなどで”あなたが食べたもので、あなたの身体はつくられる”といったようなコピーがあるが、栄養学的には大きな間違いと思う。それが事実であれば草食動物の体は何なのかという話である。

さて、私たちが普段食べているものは、どのように変化していくのか考えてみよう。食べたものは基本的に腸で吸収できる状態まで分解されるが、これを消化とよぶ。米、パン、麺類などの糖質はブドウ糖の重合体であり、すべてブドウ糖にまで分解されて吸収される。タンパク質はペプチドやアミノ酸に分解され吸収される。中性脂肪(トリグリセリド)はモノグリセリド、脂肪酸、グリセオールに分解されたのちに吸収される。コレステロールは前述のモノグリセリドと胆汁酸の混合物に混じり吸収される。また腸管から吸収できない糖類(オリゴ糖など)や食物繊維などは腸内細菌の栄養になり、それを元に腸内細菌がいろいろな有機物を生産し、われわれに提供してくれる。血液の凝固に関与するビタミンKなどはその代表である。ここで注目してほしいのは、食後に血糖値が上昇する栄養素は糖質だけという事実である。食後の急激な血糖値の上昇はグルコーススパイクと呼ばれ、体によくないことが知られている(血管の内皮細胞に障害を与える)。そして急激な血糖値上昇を是正できない病気が糖尿病である。では健常人では食後の血糖値上昇はどのように是正されるのであろうか。上昇した血糖値を下げる物質は、すい臓から分泌されるインシュリンである。インシュリンが分泌されると血液中のブドウ糖は肝臓や筋肉や脂肪細胞に取り込まれる。肝臓と筋肉ではブドウ糖はグリコーゲンというブドウ糖の重合体として貯蔵されるが、蓄えることのできるグリコーゲン量は非常に少なく、肝臓に100グラム、筋肉に300グラム程度しかない。それでは、あまってしまったブドウ糖はどうなるのか?とりあえず日常生活などのエネルギー源として使用され、それでも余った分は中性脂肪に変換され脂肪細胞に貯蔵される。つまりメタボの人の、おなかにたっぷりと貯まってしまった体脂肪は、元をたどれば消費しきれなかった余剰のブドウ糖というわけである。インシュリンが肥満ホルモンといわれる由縁がここにある。食物中の脂質(ほとんどが中性脂肪)は、前述の過程で体内に吸収されると再び中性脂肪に再合成され集合し、キロミクロンという集合体になる。キロミクロンは肝臓、脂肪組織、筋肉組織などの毛細血管を通る間に血管壁にある脂肪分解酵素の働きによって脂肪酸とグリセオールに分解される。そして脂肪酸は筋肉細胞などでエネルギーとして利用される。つまり食事で摂取した脂質はほとんどが消費されているのであり、摂り過ぎて肥満を招くのは脂質ではなく糖質なのである。
(続く)

2016年2月4日 診療部U

実録 メタボ戦記㉗

【私と体脂肪との500日間の戦い】
第27話 経験者が語る糖質制限理論(その3)

前回の話で、体脂肪の起源が余剰のブドウ糖であることを説明した。この話をすると多くの人が混乱してしまう。体脂肪の起源は食事で摂取した脂肪と信じている人が多いからである。これは以前に、肥満や糖尿病の原因は過剰な脂肪摂取にあるとの仮説、いわゆる”脂肪悪玉説”が信じられてきたからなのであろう。しかしこの脂肪悪玉説は最新の研究において否定されている。さて今回は人のエネルギー源について説明する。人間の主なエネルギー源は脂質と糖質である。昔ビリー軍曹が出てくるエクササイズDVDでは、ハードな運動をしながら”脂肪を燃やせ!俺についてこい!”という威勢の良いかけ声を頂いたが、普通にしていても脂肪は燃えている。昼夜問わず動き続けている心臓の栄養源は脂肪酸であり、ブドウ糖をエネルギー源にしているといわれている脳でさえ、脂肪の代謝産物であるケトン体を栄養源にする事もできる。本当の意味でブドウ糖しかエネルギー源に使用できない組織は、その細胞内にミトコンドリアを持たない赤血球だけである。糖質と脂質の二つのエネルギー系は、”ブドウ糖-グリコーゲンシステム”と”脂肪酸-ケトン体システム”と呼ばれている。ブドウ糖-グリコーゲンシステムが体内に備蓄できるカロリーは約1000kcalで、それに対し脂肪酸-ケトン体システムは9万kcal(体重50kg、体脂肪率20%の人の場合)と大きな差がある。グリコーゲン分解は激しい運動を行ったり、極度の低血糖など体の非常事態に起こるといわれている。それゆえブドウ糖-グリコーゲンシステムはあくまでサブのエネルギーシステムであり、人間の主なエネルギー源は脂肪酸-ケトン体システムということになる。最新の自動車にプラグインハイブリッド車(PHV)というものがあるのをご存じだろうか?これは燃料として、電気とガソリンを補給することができる自動車で、プリウスPHVの場合は電気だけで26km走行でき、ガソリンを使えば1400km走ることが出来る(カタログ値)。電気がある状態では電気で走行し、電気がなくなればガソリンハイブリッド走行に切り替わる仕組みである。この自動車システムの、電気がブドウ糖-グリコーゲンシステムで、ガソリンが脂肪酸-ケトン体システムと考えればわかりやすいだろう。ただしエネルギーの効率的な使用という面では人体の方が遙かにすぐれている。自動車だったら、走行しなければ燃料が減らないだけで、それ以上に燃料を補給できないが、人体のほうは自動車にたとえると、走行(運動)せずに電気(糖質)を補給し続けたら、余った電気(糖質)をガソリン(中性脂肪)に変換し、ガソリンタンクを拡大(肥満)して対応出来るのである。そう考えると、体脂肪が大量に貯まってしまったメタボの人が、肥満を解消する方法がみえてくる。つまりエネルギーが満タンの状態から、まずは走行する(運動する)、電気の補給を控える(糖質制限をする)、そしてエネルギーとしてガソリン(中性脂肪)を消費する、という解を導き出せるわけである。
(続く)

2016年2月9日 診療部U

実録 メタボ戦記㉘

【私と体脂肪との500日間の戦い】
第28話 経験者が語る糖質制限理論(その4)

ここまで話を読んでいただいた方の中には、胡散臭く感じ始めている人もいるのではないかと思う。このブログは狂信的な糖質制限原理主義者が、医師の名を語り、思い込みで糖質制限理論を展開しているだけではないのかと。先祖代々受け継がれてきた日本人の食生活が間違っているわけはない、だからこそ日本は長寿世界一なのだと考える人もいるだろう。だがもう少しお付き合いいただきたい。糖質制限食と人類の関係を考えた場合、食文化の歴史を大きく3つステージに分ける。一つ目は約700万年前の人類誕生から約1万年前までの、狩猟と採集の時代(約699万年間)。二つ目は農耕が発明された1万年前から300年前の時代(約9700年間)。そして三つ目は炭水化物の精製技術が発達した300年前から現代までである(約300年間)。あまりにスケールが大きすぎて中々想像しにくいが各時代を考えてみたい。まず狩猟と採集の時代だが、食べる物は動物の肉や魚介類、昆虫や野草などを中心として時々木の実や果物をとる暮らしである。栄養の割合としては、糖質12%、タンパク質32%、脂質56%と推測されている。 この頃の食事こそ糖質制限食といえるだろう。この時代で生き残るには、食料が極端に少なく、供給も非常に非安定な環境に適応できる能力が必要である。その能力とはすなわち、自らの身体の中に生きていくためのエネルギーを溜め込む能力だったと考える。日常活動のエネルギーは脂肪を使用し、ごくたまに果物や木の実などの糖質を得ることができたなら優先的に中性脂肪に変換して体脂肪として保存していたのだろう。狩猟と採集の時代である約699万年の間、人類は多量の糖質を摂取できる環境になかった。当時糖質という栄養素は貴重品だったのである。さて農耕が発明された時代には灌漑農法を用い小麦を栽培し始めた。それにより単位面積あたりで養える人口が50〜60倍にも増えたため、人口増加が始まった。穀物は狭い耕地でも安定的かつ大量に収穫ができ、冷蔵庫などがなくても長期保存が可能という特性があるからだ。肉や魚の収穫量が飛躍的に増加し続けることはないが、穀物の収穫量は飛躍的に増加したため、食事内容にしめる糖質の割合も増加していく。そして300年ほど前の、白米や白パンなど糖質の精製技術が発達した時代から、糖質の栄養素としての主役の座が揺るぎないものになったようだ。しかし人間の身体の仕組みは基本的に700万年前と大きな変化がないため、今から1万年以上むかしの、糖質を摂ると中性脂肪に変換して体脂肪にして溜め込もうという機能が働き続け、現代人はメタボになってしまうのである。糖質制限食の基本スタンスは、長い歴史のなかで人類が日常的に摂取していたものを食べるということになる。
(続く)

2016年2月11日 診療部U

実録 メタボ戦記㉙

【私と体脂肪との500日間の戦い】
第29話 経験者が語る糖質制限理論(その5)

さて、せっかく病院のブログなのだから、医療の現状と糖質代謝の関係を考察してみたい。医療と糖質といえばズバリ糖尿病治療になる。この分野の薬物治療はまさに日進月歩で、新しいコンセプトの治療薬が次々と生み出されるホットな分野である。それだけ糖尿病でお困りの人たちが多いということだろう。糖質を多く含む食事をした後の急激な血糖上昇(グルコーススパイク)は体によくないといわれているが、それを緩和する糖尿病治療薬が実際にある。アルファ・グルコシダーゼ阻害剤といって、糖質の消化の最終段階を阻害することでブドウ糖の吸収を抑えることにより、糖尿病の改善を図る薬剤だ。さらに最近になり驚くような仕組みで糖尿病の改善を図る薬剤が発売された。糖尿病患者さんの尿からブドウ糖を再吸収するSGLT2という輸送体を阻害することで糖尿病を治療する、SGLT2阻害剤という薬剤である。これは尿から、より多くのブドウ糖を排泄させるという、驚愕の治療薬である。尿にブドウ糖が排泄されるから糖尿病なのに、その排泄されるブドウ糖を増やすとは、まさに逆転の発想である。冷静に考えれば、尿に混じったブドウ糖が問題なのではなく、血液中のブドウ糖値が高いことが病気の本質なので、血糖コントロールのためにブドウ糖を捨てるというのは、治療戦略の一つとしては正しいわけである。アメリカで行われた最新の研究で、この薬剤が非常に有効であることが証明されている。ちなみにこの薬を使用するとほとんどの患者さんがスマートになる。そこでもう一度糖質制限食のコンセプトを思い出してほしい。食後に血糖値を上昇させる栄養素は何か?糖質だけである。その糖質を制限すれば食後の急激な血糖値の上昇はおきにくい。これはアルファ・グルコシダーゼ阻害剤の治療コンセプトに通じる。さらにSGLT2阻害剤に至ってはブドウ糖を体外に捨てる治療法である。ブドウ糖を捨ても問題無い、いや捨てた方がスマートになり、糖尿病が改善するならば、そもそも最初から糖質を摂取しなければいいのではないですか?と考えることができる。つまり新たな糖尿病治療薬の作用機序から糖質制限食の有用性を証明することができるわけである。
(続く)

2016年2月16日診療部U

実録 メタボ戦記(最終話)

【私と体脂肪との500日間の戦い】
最終話 メタボとの激闘の果てにたどり着いた世界

メタボとの闘いに完全勝利した現在、リバウンドの兆候は一切なく心穏やかな日々をおくっている。体重が減り続けているかといえばそうではなく、同じ体重をキープしていた。糖質制限の専門書によれば、糖質制限食を続ける事ができれば、おおよそ理想体重に収束するらしい。つまり太っているヒトも、痩せているひとも同じような体重になっていくそうである。すでにスーパー糖質制限食を1年以上つづけているが、特に不自由を感じる事はない。どちらかというと自分の味覚や消化機能に変化が起きているようで、糖質が多い食事を口にした場合には、その味を妙に甘く感じてしまったりし、食後に異常な胃もたれ感を感じるようになった。正直なところ、もとの主食のある食事には戻りたくないというのが現在の所感である。2回ほど定期健康診断をうけたが、メタボを指摘された際にみられた脂質異常症も改善し、すべての血液検査値は正常になっている。自分を見る周りの目も変わってきたような気がする。私の外来に10年以上に通院している患者さんが、診察室に入ってきたときに、“ありゃ、違う診察室に入ってしまったよ”と別人に間違えられたことさえあった。いままで着ていたスーツはお腹周りがブカブカになってしまったので、思い切ってスーツを新調してみた。それも新作007シリーズでダニエル・クレイグが演じるジェームスボンドが着ているような、派手なアクションをしたら破けてしまいそうな細身スーツに挑戦してみたが、いい感じで着こなせるようになった。正直な感想を述べさせてもらえば、メタボ解消のためにあれこれがんばって本当に良かったと思う。それは現在の、自分的に理想の身体を手に入れたという結果だけについて言及しているのではない。メタボを克服する過程での数々の人々との出会いや、肉体を鍛え上げる事への新鮮な喜び、そしてなにより自分の中にある、実現困難な目標に向かい挑み続けるタフな精神力を実感したことである。さらには以前の自分では全く歯が立たなかったメタボリックシンドロームへの完全な攻略法を習得できたという充実感である。テレビや雑誌などで数多くのダイエット法が紹介されており、人それぞれにマッチしたダイエット方法はあるのだろう。ただし論理的な裏付けやエビデンスが存在し、実現の可能性が高いメタボ解消法は、定期的な運動と糖質制限食の組み合わせが最良のものではないかと考えている。もしもこのブログをよんでいて、本気でメタボリックシンドロームを克服したいと考えているかたがいるのであれば迷わずに実践してほしい。自分自身はその時々で、あれこれ悩みながら試行錯誤のうえ現在に至っている。その過程を本ブログに書き綴ったのだが、皆さまのメタボ克服の手助けになれば幸いである。
(おわり)

2016年2月18日 診療部U

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