「弱い時こそ、強い」 ~コリントの信徒への手紙2 12章10節~
この言葉って、妙な言葉のように思います。「弱ければ」「強くはない」はずですし、「強ければ」「弱くはない」はず、だからです。一体この言葉が表している「弱い=強い」って何だろうと思います。
子育て中の人にとっては子育てをやり、家事もやり、人によっては仕事もやり、その他のこともやり、とたくさんのやるべきことを一生懸命に果たしている、というのが実際の姿ではないかと思います。そしてそのような毎日を過ごしている中では「弱くはなれない」でしょうし、強いとまではならないかもしれませんが、「しっかりしていなければならない」という思いを皆さんそれぞれに抱いているのではないか、と思います。
私自身、子どもたちが保育園にお世話になっていた時にはそんな気持であったことを今になると思い返しますし、いつも「しっかり」し続けることは出来ませんでした。弱さや自分自身のわがままがさらけ出される時もありました。これは一面では恥ずかしく、情けないことではあります。ところが、こんな時に意外なところから助けや支えをもらってきたことも思い出します。周りの人、何よりも子どもたちに助けてもらったな、と。
私たちの「弱さ」は外からの助けを呼ぶ、「強さ」になり得るものではないかと思います。
中遠教会 牧師 兵藤辰也