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「日々、子どもから学ぶ」

関西万博も気が付けば終盤を迎えます。この夏の間に子どもたちから「行ってきたよ!」と沢山報告を受けました。様々な国や地域に興味を持つようになり、各保育室に行くと世界地図を広げたり、国旗を見比べては国の名前を言い合ったりする姿がよく見られるようになりました。

ひまわりぐみの「夜まで楽しい保育」では、全員で文字通り朝から夜までめいっぱい楽しむことができました。後日保護者の方からも嬉しいおたよりやお声掛けを多数いただき、ありがとうございました。ご家庭でも子どもたちは楽しかったエピソードを沢山お話ししてくれたようですね。いつもと同じ保育園ですごしているのに今日は何かが違う…いったい何が違うのでしょう…それはきっと「夜まで楽しい保育」を全力で楽しむ子どもたちのエネルギーです。手打ちうどん作りも、あふれんばかりに水がたっぷり入ったプールあそびも、ひまわりぐみだけの特別だったのでしょうね。このように、年長児になると大きな行事を迎えるごとにたくましく成長していきます。クラスとしても一体感が出てきて、皆で一緒に取り組むことがどんどん楽しくなっていきます。頼もしくもあり、確実に就学に向けて歩みを進めていることを実感した一日でした。
 
少し話は遡りますが、協力保育明けの礼拝での出来事です。礼拝が2週間ぶりだったことや登園が久しぶりの子もいて、いつもより何となくソワソワした空気が部屋の中に漂っていました。聖書のお話は「種を蒔く人」(マルコによる福音書4章)でした。良い土地に蒔かれた種は豊かに実を結ぶように、神さまの御言葉を聞いて受け入れる人は何十倍もの豊な実を結ぶという内容です。「受け入れる」とは神さまの御言葉を耳で聞くだけではなく、心の中に「はい、わかりました」と受け取ることだよと話しました。すると一人の男の子が「それから、目を合わせる!」と皆に聞こえるような声で発言しました。確かに、目と目が合えば自然と相手の話が入ってきます。すると、その場にいた約80名の子どもの視線が一斉に私の方に向きました。これまでソワソワしていた空気も一変し、話が終わるまで子どもたちの視線はこちらに集中し続けました。発言した男の子の心意は分かりませんが、心で聴くためには話し手と目を合わせる必要がある、と思ってくれたのだと思います。
礼拝は静かにお話しに耳を傾けて欲しい時間でもありますが、いくら言葉で促しても心がこちらに向いていなければ思いは届きません。男の子が発言してくれたおかげで、私はその場にいた子どもたちと心がつながったように感じました。子どもに神さまの御言葉を「伝えたい」と思って聖書のお話をしている礼拝ですが、逆に私が男の子の一言に気付きをもらい、学びある礼拝となりました。

岸本 正子