前監事:白木政幸(2025年7月-特別号2)聖隷人の働きに思うこと
「白木君、レントゲン器械なんてものは目方で買うもんだ。」と厳しい手解きを受けたのは40年程前のこと。当時、初勤務先の聖隷浜松病院医事課から法人本部企画部に異動し、桜ヶ丘保育園(現:聖隷こども園桜ヶ丘)の新築移転(旧園舎)や油壺エデンの園の立ち上げ時に備品整備を担当していました。資材課経験もなく右も左も分からない私を厳しくも優しく指導してくれた今は亡き大先輩。
社内報248号
松戸ニッセイエデンの園 総園長として
また「聖隷の姿」という16ミリの映画づくりも担当させてもらい、撮影クルーと10ケ月余りの全国行脚。プロの監督やカメラマンから「作品の出来はロケハンで8割は決まる。何を映像で表現したいか自分の中でイメージすることが大切だ。」と物づくりの原点を教えられました。30代前半でこのような仕事を通じて様々な失敗や学び、そして達成感を経験できたことは私の宝物。その後は聖隷三方原病院や法人本部で総務系の仕事を中心に担当。
30数年前、法人本部で採用担当をしていた頃の話です。東京都や千葉県にエデン事業を発展拡大させるため、中途採用者を大募集。そんな中、役員面接で満場一致の高評価を得たA氏だったが、当時のS常務から「何か引っ掛かるから彼の裏を取ってくれ。」と指示を受け、前職場をアポなしで訪問。すると先方の常務さんが対応してくれ、不意の訪問だったため始めは口が重かったが、「さすが聖隷さんですね。聖隷と聞いて我が家の向かいにあった『弁天島同胞寮』で腰に手拭いをぶら下げ、汗だくで子供たちの世話をする長谷川力さんの姿が真っ先に目に浮かんだよ。」と言って、A氏の退職の詳細を包み隠さず話してくれました。彼は出来心で得意先から集金した少額の金を借用してしまったとのこと。
30数年前、法人本部で採用担当をしていた頃の話です。東京都や千葉県にエデン事業を発展拡大させるため、中途採用者を大募集。そんな中、役員面接で満場一致の高評価を得たA氏だったが、当時のS常務から「何か引っ掛かるから彼の裏を取ってくれ。」と指示を受け、前職場をアポなしで訪問。すると先方の常務さんが対応してくれ、不意の訪問だったため始めは口が重かったが、「さすが聖隷さんですね。聖隷と聞いて我が家の向かいにあった『弁天島同胞寮』で腰に手拭いをぶら下げ、汗だくで子供たちの世話をする長谷川力さんの姿が真っ先に目に浮かんだよ。」と言って、A氏の退職の詳細を包み隠さず話してくれました。彼は出来心で得意先から集金した少額の金を借用してしまったとのこと。
結局、彼を不採用としましたが、このことから「アポなしの飛び込み訪問も時には功を奏すること」「自分の知らないところで働く姿を見ている目があること」この2つを学びました。また、松戸ニッセイエデンの園在任中には、ご入居者から「園長さんは80点を取らなくてもいいよ、51点取れば充分だよ。」と励まされ、身体の力みも抜けました。さらに別の方からは「ことをあるがままに受け入れ、その時に最も良いと思う方法で真正面から取り組み、その後は流れに任せること。」と諭され、特に「後は流れに任せる」という、自分の力量以外の運気や外力等の要素があることを教えられ、そして経験もしました。
昔から息ピッタリ!
鈴木睦明監事(左)と揃っての退任。
楽しい聖隷人生でした。
46年もの間、聖隷福祉事業団で楽しく仕事ができたのは多くの役員や職員、ご利用者や関係する方々の支えがあってのことと深く感謝申し上げます。人が見ていない時も利用者や仕事に真摯に向き合う姿、これからはそんな聖隷人の働きに期待を寄せて見守っていきたいと思います。長い間ありがとうございました。