グローバルナビゲーションへ

本文へ

ローカルナビゲーションへ

フッターへ



ホーム  > 園長コラム

園長コラム

RSS

2019年2月1日
めぐみ保育園に招かれたものとして
 まもなく立春を迎える頃となりましたが、寒さが厳しく、遠州のからっ風が身にしみます。あたたかい春が待ち遠しいですね。
 さて、先日、今年最後の懇談会にお集まりいただきましてありがとうございました。まず、全体会で今年の保育研究「キリスト教保育の中のわたしたち」の報告をさせていただきました。私自身、大事にしてきたものの再確認をすると共に聖隷の保育の歴史の深さをあらためて感じる学びの時をいただきました。この学びを保護者の方と共有し、私たち大人ができること、やらなければいけないことを考える場としました。

・人間がこの先、生存していくために…安定して生きていくために…共に生きていくものとして考える。これは、まさにキリスト教保育。神がこの世をお創りになり、神によって創られた命を愛することだから。「愛される」とは、もっているものが豊かになっていく。それを支えること、本来もっている命の輝きを大切にすること。
・子どもの存在は素敵!子どもは人間の原点。良いところも嫌なところも併せ持つ、人間のありのままの姿。
人間が愛おしいということを日々、感じさせてくれる存在。子どもに教えられることが山ほどある。大人になるにつけ何処かにおいてきてしまった大切なこと、忘れてしまっている小さな感動、そんな記憶を蘇らせてくれる存在。
・子どもの力を信じること。子どもには生きるために必要なことがプログラミングされていて、その時期がくる 
と、その力を出す。何でもすぐに結果が出る、結果を求める簡単な時代。だからこそ「待つ」という覚悟をもつこと、「成長させてくださる」時を与えてくださることを信じること、その時を見逃さないことが私たち大人に求められる。
・大人の主観(大人の都合、大人が困っていること)で考えるのではなく、子どもを中心に考える。(子どもの困り感)でも人に迷惑をかけること、人を傷つけること、自分が危険にあうことは、絶対にダメだけれど。
・仕事、子育てと忙しい日々の中で「小さなほっこりする時間」を作ってみる。心も体も目を向ける。ほんの少しの心の向け方で時間は作り出せる。
・めぐみ保育園に招かれたもの(子どもたち、保護者の皆様、職員)として…
私たちは相手と代わることはできないけれど、大変さを負い合い、わかち合うことができ、そこで得られる信頼が力になる。

 このように、最後の懇談会を多くの方と共有できたこと、感謝いたします。残すところ2ヶ月です。一年の振り返りの時、そして4月からの新たな旅立ちに向けての準備をしていきましょう。

2019年1月1日
祈ることから
 新年あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
  
 新しい年を家庭で迎えた子どもたちが元気に登園し、めぐみ保育園の新たな歩みがはじまりました。
昨年めぐみ保育園は4年目となり、こども園めぐみと共に歩み始めて2年目という大事な年となりました。何もわからず模索していた1年目から少し進んでこれからの「めぐみ保育園・こども園めぐみ」の形が見えてきたように思います。そして特に、この和合せいれいの里内での連携(共に行った花火大会、里まつり等)を感じた年でもありました。共に進むことのできる仲間がいることで、安心できましたし、喜びが大きくなることを肌で感じることができ、感謝の一言では表しきれません。もちろん、一番そばにいる子どもたち、保護者の皆様と共に歩めたこと(ご協力、ご理解)が根底にあり、ここでの生活が充実したものになったことは言うまでもありません。しかし、その一方で、多くの災害に心を痛めた年でもありました。今もまだ苦しい中にいる方のことを思うと胸がつまる思いですが、クリスマスの献金では皆様の温かいお気持ちに支えられましたこと、ここで感謝申し上げます。その方たちの上に、恵みと平和があるように心から祈ります。
 さて、今年は何から始めましょうか?私は、祈ることから始めてみようと思います。祈る時、「平和の祈り」という祈りがあります。『主よ、わたしをあなたの平和の道具としてください』という言葉からはじまります。自分ではない相手のために祈るのです。そして見知らぬ誰かのために祈ることもできるのです。私たち一人ひとりは小さいものですけれども、祈ることはできるのではないかと思うのです。そしてこの祈りは、『慰められるよりも慰め、理解されるより理解し、愛されるよりも愛することを求めさせてください』と続きます。こうして年頭にじっくり読み返してみますと、自分が日々の忙しさに追われ、目の前のことすら見えていなかったではないか…と反省しきりです。私個人としては、自分本位、自己満足、やったつもり等々…反省、嫌なところだらけですが、こんな私でもいいよ、と受けとめてくれる子どもたちの笑顔や純真さ、保育の道を共に考え進んでくれる職員、一緒に子育てを喜び合える保護者の皆様に支えられ、まず、祈ることから始めてみます。そして、目の前のことで一杯いっぱいにならず、焦らず、一歩いっぽ進んでいきたいと思います。お互いを思いやり、平和を祈り、心穏やかに過ごせる一年となりますよう、どうぞよろしくお願いします。

2018年12月5日
素直な心

2018年11月1日
私たちは誰もが神さまのこども
園長  石川 綾乃
季節の移ろいを感じる秋を迎えました。日本には四季があり、それぞれの季節に美しさを感じます。空を見上げ、空の色、雲の形、葉の色を見て、また、足元に落ちている木の実、落ち葉を見て「美しい」「不思議」「ありがとう」と、その美しさを子どもたちと共に感じていきたいと思います。
 さて、先日、和合せいれいの里全体会が行われました。それぞれの施設の各事業の4月からの報告会となります。保育事業として、こども園とめぐみ保育園も報告させていただきました。来年度4月からのこども園の1号認定のお子さんの受け入れについて、保育園の2歳児(3歳児以降)の転園について、和合の他施設と合同で行事(花火大会、里まつり)を行ったこと、長期休みの学童保育の充実、また日々の交流についてお伝えしました。報告とは言いましても保育事業の中で毎年そんなに大きく変わるものはなく、私たちが大事にしていることを他施設の方に知っていただき、同じ和合で生活する上で「共に育つ」ということが意識できるとよいと考え、特に、様々な人とのふれ合うことの意味、大切さ、すばらしさについてを中心にお伝えしました。
また、今後の計画の部分では、保育教育の質の向上をめざすためにモンテッソーリ教育を取り入れ、実践し学んだことの共有をしていくこと、こどもの生活リズムを整えるために保護者の方と協力していくことをあげました。そして最後に、こども園の内藤園長からは、施設の職員皆に向けて講演をしていただきました。
<内藤園長より>  
「私たちには幸い、キリスト教保育がある。キリスト教とは愛の宗教とも言われる。誰もが神さまのこどもとして生まれ、育つ。親や保育者は、その育ちを愛をもって支援し、見守る。こどもたちの(今)が未来を創る。こどもは、神さまからの、この世への、この国への、家族へのいちばん美しい贈り物です。私たちは誰もが神さまのこどもなのです。」    
とお話してくださいました。(もっとお話が聴きたかった)(考えさせられた)という感嘆の声がたくさんありました。私も保育者として、また、この施設の職員として、そして人として大切なメッセージを抱えきれないほど、いただきました。何もできない、何もできていないかもしれないけれど、毎日を精一杯生きようと思うことができました。
 今年は、様々な災害が起こり、多くの方々が悲しみや苦しみに包まれ、今もまだ、その中におられる方のことを思うと心が痛みます。その、お一人お一人に、神さまの慰めと励ましがいて、前を向いて歩きだすことができますよう祈ります。

2018年9月1日
蒔かれた種

               園長 石川綾乃
 暑さが去りやらぬ日々ですが、朝夕はだいぶしのぎやすく、風の中にも秋の気配を少しだけ感じられるようになってきました。夏の間の経験(水遊び、虫探し等)は、子どもたちの身体も心も大きくし、めざましい成長に驚かれているのではないでしょうか。
 さて、8月末に行われました聖隷こども園・保育園の中間報告会(年度末の保育学会に向けて)で、めぐみ保育園は、「キリスト教保育の中のわたしたち」という研究発表をさせていただきました。アドバイスをいただき、また他園の発表も聞きく中で、保育者として、人として「大事にすること」や、常に学ぶ姿勢、振り返る姿勢について改めて考える時となりました。「キリスト教保育」というと何だか難しく考えてしまう保護者の方もいらっしゃったことと思います。また、9月の懇談会でお話させていただきます。
 「振り返る」というキーワードで、先日、保育心理の研修でも同じようなことが印象に残ったのでお話しさせてください。講師の方に「保育者は保育者自身の生い立ちを振り返ってみることが大事」「自らを見つめ直すことができますか?」と問われ、考える時をいただきました。私事になりますが、幼い時、私は硬い殻をかぶったような子どもでした。母も周りの大人ももちろん同世代の友達にとっては、わかりづらい、理解しづらい子だったと思います。それでも誰も「おかしい」とは言わず「あなたでいいのよ」と受けとめてくれていたことを思い出しました。そして、何より強く思い出したことは「踊ること」でした。硬い殻をかぶった私にとって唯一、自分を表現する手段であったと言えます。幼少期に踊ることを教えていただいた磐田市在住の現代舞踊家の佐藤典子先生は、「踊りの名手は星の数ほどいる。踊ることによって心がなぐさめられる、また、辛い心を抱えた人が見た時に温かく心潤う、そんな子守歌のような踊りを私は創りたいの。」「巧みに踊ることが上手いと教えるのではなく、人と違う自分をどれだけ磨いていけるか、その子その子の花を100%開かせること、踊りを通じて柔らかい心を育んでほしい。」「人間が他の動物と違うのは何なのか。人間が人間らしくあり続けることを皆が考えるならば、豊かな世界になる。」と、おっしゃっていました。今、私がこうして生きているのは…生きている意味は…と考えた時、この幼少期に蒔かれた種が、神さまの力と周りの人のたくさんの愛のおかげで今があるのだ、と改めて思いました。周りの方への感謝や生かされている意味について考える時となりました。幼少期にどういう保育者や大人に出会うか、どんな種が蒔かれ、その子の生きる力の基になるのか、責任の重さを十分受けとめ保育をしていくこと、また、保育を通して自らを振り返ることを心にとめていきます。

2018年8月1日
無償の愛のメッセージ
7月初旬の豪雨により、西日本各地の河川の氾濫、土砂崩れ等で甚大な被害をうけた方々がいらっしゃいます。犠牲者の方々に追悼の意を表するとともに、被害を受けた関係者の皆さま方にお見舞いを申し上げます。
梅雨明けと同時に猛暑の夏がやってきました。夕方、庭に打ち水をしたり、風鈴を飾って音を楽しむ等、昔ながらの涼を感じたいなと悠長なことを思っていましたが、この異常気象に、どう対応し、こどもたちを守っていけるのか…考えていかなければいけない事態に直面しています。日々の過ごし方、環境について考え、早急に対処していきたいと思っております。
 さて、この和合に来て、0歳~2歳の乳児期の子どもたちと過ごす中で、私は自分の子育てを思い返しています。もう20年も前のことになりますが、子育てと仕事の両立は本当に大変で、毎日がバタバタと過ぎていった日々でした。それでも、がんばってこられたのはなぜかな?と考えた時、我が子が一番に求めるのは母親である私で、無条件に愛していると思える存在(我が子)がいたからだと思うのです。思い通りにできなくてイライラしたり、落ち込んだり…よく寝顔を見ながら「ごめんね」と涙を流したものです。保育士なのになぜできないの…という言葉も心の奥にあったと思います。でも、どんなにイライラしても、どんなに理不尽に怒っても、感情を露わに泣いたりしても、いつも変わらず私を求めて、愛して、認めてくれる存在がこの世にいることは、かけがえのないことでした。私にとって「どんなお母さんでもお母さんが大好き」という子どもからの無償の愛のメッセージが、私を救い、元気づけてくれたのです。保育士だからできて当たり前ではなく、お母さんになったからできるわけでもなく、子どもの成長と一緒で、「お母さん1年目、2年目…」と自分の成長も少しずつ褒めてあげるようにしました。そして、実家の母や保育園の先生方に弱みやできないことを聴いてもらったり、助けてもらうようにもしました。仕事も家事も子育ても自分のことも、決して完璧ではないけれど、それができなかったからといって、子どもにとっての私の存在価値は変わらない。だから、今日も本気で我が子を叱り、褒めて、抱きしめて「大好き」と伝えよう!自分のできる精一杯でお母さんをしよう!と過ごしてきました。我が家の子どもたちも成長し、やっと落ち着いていろいろなことが考えられるようになった今だからこそ、今、子育て真っ最中の悩めるお母さんたちに、少しでも「お母さんって幸せ」「お母さんになれてよかった」と感じられる日々を増やしていってあげられたらいいなと思います。困っている時、悩んだ時は、少しだけ先輩お母さんに頼ってください。もちろん、うれしいことも一緒に喜び合えたらと思っています。子育てが、ひと段落した私ですが、我が子はいくつになっても愛しく、お母さんでいられることの幸せを感じる日々に感謝しています。
 <マザーテレサからの贈りもの>
 いまと違った自分になる必要はありません。
 愛されるためには、ただ心を開くだけでよいのです。

2018年7月1日
子どもの中に神の国をみる
                              園長 石川 綾乃
 梅雨と夏の合間の、天気や気候の変化が大きい季節ですが、少しずつ暑い日が増えていき、夏の訪れを感じます。
竹笹の色とりどりの七夕飾りが静かに風に揺れ、子どもたちの願いを空に届けてくれるようです。
 先日、聖隷のこども園・保育園の合同研修会がありました。教育・保育の基盤となっているキリスト教保育について考える時をもちました。私が、わかば保育園(現こども園わかば)に入職した時は、園長、主任、現場のリーダー、同期がクリスチャンという環境でしたので、何の抵抗も違和感もなく自然に「キリスト教保育」の世界に入っていったように思います。そして、日々の生活の中で自然に神さまの存在を受けとめ、子どもたちと共に生きさせていただいたように思います。その当時の諸先輩方と同じぐらいの年齢になった今、振り返ってみますと何もできていない自分を思い知らされます。今回のような研修を通して、内藤園長をはじめとする各園の園長先生方のお話をうかがいますと、経験から滲み出る人間性に尊敬を覚えると共に、逆に自分の人間性について、今までの生き方について(人として、保育者として)こわくなりました。それでは、具体的な研修の内容についてですが、「神の国とは…」の部分では、子どもをどういうものとしてとらえているか考えました。赤ちゃんは何もしゃべらないけれど何でも知っている。子どもから学ぶ、子どもの中に神の国をみるのだ、と。私たちも、かつては子どもだったが大人になって失ってしまった。でも幸い、私たちのそばには子どもがいる。なんて幸せなことだろうと思いました。また、「赦す」というところでは、どうしても赦せないこともある、と思っていた自分が今まではありましたが、「自分も赦されている、と思うことで相手を赦せる」ということをお聞きし、自分を自分でカウンセリングし、自分はどうなのだろう?と考える時をもつことを教えていただきました。では、あらためてキリスト教保育とは、どんな保育なのでしょうか。内藤園長は、「キリスト教の考えで、日々実践している保育、全てです」とおっしゃいます。また、「キリスト教は愛の宗教です」とも言われます。「愛されて愛することを知る」という言葉は聖隷の全ての園の理念としています。聖書にも「私があなたがたを愛したようにあなたがたも互いに愛し合いなさい」「愛は忍耐強い」と愛に関する箇所がたくさん書かれています。人間の愛をはるかに超えた絶対的な無条件の神さまの愛について、今一度考える機会を与えられたことで、私の人間性や人生観は、今まで出会った全ての人のうえにあり、それは諸先輩方だけでなく、保護者の方、そして何より一番近くにいてくれた子どもたちに支えられていたことを覚えます。だから、愛について深く考えた時、涙があふれるような感覚…「こんな私だけれどあなたは、あなたのままでいい」と言っていただいたように感じました。園長先生方、牧師、若い人たち皆の考えをきくことができ、深く考え、自分の思いや考えが整理され、今後の人生への糧となりました。とは言っても、何もできない自分にぶつかると、ぐずぐず悩んでイライラしてしまう私ですが、「いつも清くないし、正しくない」「赦せない人のために赦す」を心にとどめて、子どものそばで、子どもと共に生きていきたいと思います。

2018年6月1日
かんじる

                               園長 石川 綾乃
 青葉若葉の候、清々しい初夏の風が心地よく通りすぎていきます。しかし来週には梅雨入りを迎えるようですね。季節の移り変わりを肌で感じることができるのは和合ならでは… 雨に濡れた紫陽花の風情ある姿が今から楽しみです。恵みの雨に感謝し、この移りゆく季節を子どもたちと存分に楽しみたいものです。
 さて、保育園の6月の月主題は「かんじる」です。「薄明」(はくめい)って、ご存知ですか?マジックアワーと言う言葉の方が聞いたことがあるかもしれません。日の出のすぐ前、日の入りのすぐ後の空が薄明るい時のことです。こんな日常の些細なことにも気を留めて見ると、色の不思議さに気づきます。では「色をかんじる」とはどういうことでしょうか。雨の色はどうでしょう?私たちは絵を描く時、水色を選びがちではないですか?雨の日のことです。外を眺めている子どもたちに「雨が降っているね」語りかけました。じっとみつめている子、「雨、雨!」と指をさして教える子と様々です。(雨は水ですから透明です。でも降っている様子は見えますね。不思議…)これは子どもたちに言いたい!でも気持ちをぐっとおさえました。今日は、それぞれが「かんじる」ことを大事にしてみよう、と思ったからです。
発見は、3段階を経て成り立つと言われています。第一段階「経験」。感性でおや?と思う。そこから何?という問いが生じる。第二段階「理解」。知性でなるほど!と思うと、更にそれは正しいか?というもう一つ高いレベルの問いが生じる。第三段階「判断」。理解したものを確認すると、やっぱり!と思う。そして、その判断が実行を促す。このように、何度も経験を重ねて、吸収していくのですね。子どもは誰も等しく文化を「吸収する能力」をもっています。でも、教えられて身につけるものではなく、環境の中で為される諸々の経験によって体得されるのです。では、待てばよいのか?与えればよいのか?私たち大人は、今その子にとってどうなのか(必要なものは何なのか)を考え、適切な援助(最小限の援助)をしなくてはいけません。
<モンテッソーリー教育の基本より抜粋…>
子どもは生まれながらに自ら成長発達する自己教育力と自然のプログラムが備わっており、適切な環境と援助が与えられれば自分自身で積極的に成長を遂げる存在である。子どもは「吸収する精神」という特別に恵まれた形式の精神を持っていて、写真に撮るように丸ごと吸収する。「敏感期」というある特定の事柄に特に敏感になって吸収する時期に適した環境を準備することで、無理なく吸収し、それに適応する。具体例として「言葉の獲得」である。生後2年間ほどで、話し言葉を獲得し、無理に教えたわけでもないのに、言葉で表現し、言葉を理解できるようになる。
人間の成長(生まれた時からの人間の発達)とは、なんと奥深いものでしょう。今月はいろんなものを「かんじる」ことを大事にすごしていきます。

2018年5月1日
愛を込めて
                                         園長  石川綾乃
「風薫る五月」…若葉の中をさわやかに風が吹き渡ってくる季節です。明るい日差しに若葉が映え、空は高く澄み渡り、清々しいですね。気持ちのよい季節の中、子どもたちは様々な出来事、発見に目を輝かせ、あちらこちらに探索にでかけています。「ただいま~」の声から、十分に遊んだ満足感、安心して帰ってくる場所があることがうかがえ、うれしいかぎりです。一年で最も過ごしやすい時期ですが、日中は気温が上がり汗ばむ陽気となったり、風の強い日もあったりと、衣服の調節には悩まされますね。新年度の疲れが出やすい時でもありますので、体調には十分気をつけて過ごしていきましょう。
さて、先日の懇談会には、お忙しい中お集まりいただきありがとうございました。温かい和やかな雰囲気の中「めぐみ保育園」で大事にしていることをお伝えすることができました。近年、お父さんの参加が多く、子育てへの意識の高さに驚かされます。話のきっかけになればと思い、保護者の方の趣味や自分と我が子と似ているところは?を話していただくと、うれしそうに話す姿が、まさにお子さんそっくりで、微笑ましく感じました。保護者の方からは、今現在の悩みや困っていることを聞くことができました。今現在、問題に立ち向かっている保護者の方にとっては切実で、「どうしたらいいの?」「助けて」という思いでいっぱいでしょう。でも、そこに、私は愛を感じずにはいられませんでした。我が子の「今、この時」に真剣に向き合っている姿にとても感激したのです。どうぞ皆さん一人で悩まず、一緒に考えさせてくださいね。自分で自分を受け入れられない時でも神さまは受け入れてくださいます。そして、成長させてくださるのは神さまです。私たちは神さまの大きな愛の中で子どもに寄り添い、共に過ごしていきましょう。
また、今年度、職員は「キリスト教保育」を深めるべく、学びをすすめていきたいと思っています。先日「母の日」についての話し合いをしました。「社会に出てから母に守られていたと感じた」「母親になってから母への感謝があふれた」「我が子に対してお母さんにしてくれてありがとうと思う」「母親の愛は平等で、いつも自分を気にかけて守ってくれていたと改めて感じた」等それぞれの思いを話しました。その中で、「私は兄弟の末っ子で、家族皆が愛してくれていることを日々感じていました」と満面の笑みで言った職員がいます。その職員は誰も見ていないところでも、子どもにそっと優しい声かけができる方で、なるほど!と納得させられました。優しく声をかけられた人は優しい人になる。そして、優しく声をかけられる人になるのだと。母に思いをよせて話をする中で「愛を込めて言葉をかける」大切さについても考えさせられました。それから最近よく耳にするかと思いますが、モンテッソーリ教育では、保育者は「教える人」ではなく、自主活動を援助する人的環境要素、つまり環境の担い手の一つと考えられています。教具(玩具、道具、材料)等を扱う技術や管理する能力も要求されますが、何より子どもを注意深く観察する態度が要求され、各々の子どもたちの欲求に沿ってその教育を提供する注意深さが求められています。また、子どもたちの集中時、それを妨げない心遣いや、子どもの自発性を待つ姿勢も重要な要素となります。私たち保育者の関わりの一つひとつが子どもたちにとって、保護者の方にとって少しでも支えとなりますよう学んでいきたいと思います。
                                                     

2018年4月1日
保育は子どもと共に夢を描くもの
                      『 保育は子どもと共に夢を描くもの 』 
                                           園長  石川綾乃
あたたかい春の日差しに包まれて新しい年度が始まりました。寒く長い冬の間冬眠していた動物たちが動き始め、人々がやる気に満ち溢れる季節です。ここ、めぐみ保育園(和合せいれいの里)は、素晴らしい桜に囲まれています。私は、一年前ここに来た時の感動がよみがえり、毎年こんな感動が味わえることに感謝したしだいです。
さて、新しい環境でのスタートということで、3月末に聖隷のこども園・保育園の合同研修を行いました。(その際は、研修、次年度準備期間となり、保育のご協力ありがとうございました)そこで、クリストファー大学助教授の細田先生より、「保育者は、子どもと共に環境の中に夢を描く ~子どもの目と保育者の目~」という題目のお話を聴きました。めぐみ保育園では、昨年度、「環境」の研究をすすめてまいりました。その中で悩んだ時にも細田先生にご助言をいただいてきたので、今回のお話は職員にとって、とても興味深いものでした。まず「遊びの中に学びがある」「子どもは環境に誘われて遊ぶ」というところで、環境は、人間の心理学に深く結びついていて発達に必要不可欠である、ということがわかりました。そして、園においては「子どもの思い」「保育者の願い」この二つが結びついて家庭ではできない文化を育む、ということもおっしゃっていました。また、保育がやりにくい、生活しにくい、という時には、「遊びを生み出す5つの要素」…(時間、モノ、コト、ヒト、空間)これらを見直すということもしていきたいと思いました。今回は、室内での環境についてのお話が主でしたが、保育の先輩たちに教えていただいてきた「太陽と水と土が子どもを育てる」という自然のもたらすものの偉大さに感謝し、この和合の自然(神さまがお造りになったもの)を、保育にどう活かしていくのか、も同時に考えて進んでいきたいと思います。「保育は子どもと共に夢を描くもの」という細田先生のことばを心にとめ、子どもの「今、ここ!」を大事にできる保育者集団でありたい、と決意も新たにしました。
年度末研修の最後には、こども園めぐみの内藤園長より、「キリスト教保育とは…」というお話をいただきました。「子どもは神様からのいちばん美しい贈り物である」「神の愛は無限大であり、一人ひとりに注がれている」「愛は忍耐強い」という言葉が深く心に残り、めぐみ保育園だけでなく、姉妹園である「こども園めぐみ」の職員とも思いを一つにし、歩んでいきたいと思いました。
さあ、様々なものに出会い、何かを見出し、共に喜び、未来を造っていく…そんな一年にしていきましょう。子どもたちも保護者の皆様も、職員も、一人ひとりがこの世に生まれてよかった、ここに自分の居場所がある、そこで個々の能力を発揮する、という園になれますよう、一日いちにちを大切に過ごしてまいります。どうぞよろしくお願いいたします。
新しい一年が、皆様の上に、あたたかく降りそそぐ春の日差しのような一年となりますように…

2018年3月6日
出会いに感謝します
園長 石川綾乃
 少し寒さが和らぎ、春らしい日が増えてきました。春の訪れに先駆けて梅が満開になり、ソメイヨシノの蕾がふくらみ、モクレンの蕾も開花しつつあります。陽気に誘われたチョウがひらひらと舞い、彩りを添えています。子どもたちが植えたチューリップの芽も大きくなり、皆、花が咲くのを今かいまかと待っています。3月は、新しいことの始まりにわくわくする季節ですが、同時に旅立ちの季節でもあります。めぐみ保育園の2歳児は、最高学年ですので、新しい園への旅立ちの時を迎えます。ここで過ごした時間(期間)は様々ですが、どの子も私たちの大事な子、愛しい子です。旅立つことを考えると寂しくなってしまいますが、新しい場所で、新しい出会い、新しいたくさんの素晴らしい経験が待っています。笑って送り出そうと思います。「お別れ」ではなく、離れていても心はつながっていますものね。この園を旅立つ子どもたち、保護者の皆様、うれしい時はもちろん、つらい時でも、いつでもお顔を見せにきてくださいね。残りわずかですが、楽しい思い出をたくさん作っていきましょう。
さて、4月に姉妹園のこども園めぐみができましたので、この一年間、一から話し合って共に過ごしてきました。行事の幅が広がりたくさんの経験ができたこと、うれしく思います。保護者の皆様にはご迷惑やご不便をおかけしたこともあったかと思いますが、そのたびにご理解ご協力いただき、支えていただいたことに感謝申し上げます。
私も4月に異動してきてから早いもので1年が経とうとしています。一日いちにちを大切に、皆に寄り添って…と心に誓いながらも忙しさから慌ただしく過ぎてしまった日もあり、反省しきりです。小さい園ですし、職員での利用も多いため、保護者の皆様同士も出会うと声をかけ合って親子共に親しんでいる姿が温かくほほえましく、本当に素敵な園だなと感じております。これからも皆がいつでも声をかけ合える温かい園であり続けるために努力いたします。それから、この和合の素晴らしい自然の中で、色々な人との出会いは、子どもたちだけでなく大人の私たちにとっても素晴らしいものでした。私たちは誰でも一人では生きてはいけません。誰かしらのお世話になっているのです。それに気づいている時もあれば気づかないでいることも多くあります。色々な人との出会い、ふれあいの経験はその後の人生において良い影響をもたらします。特に、子どもたちは大人と違って自由に、柔軟に、人と関わる力をもっています。幼いうちから多くの色々な人たちと関わりながら、その中で自分自身を知り、自分を見つめ、自己を肯定しながら、他の人との違いを認めることによって自分はどうしたいのか、また、自分は他の人に何ができるのかをみつけていくのではないでしょうか。私自身、このことを心においてまたあらたに来年度も歩んでいきたいと思います。
最後に、聖隷の基本理念の『隣人愛』…「自分を愛するようにあなたの隣人を愛しましょう」を今一度、お伝えして、今年度の感謝の言葉とさせていただきます。たくさんの出会いに感謝します。ありがとうございました。
                                                   

2018年2月5日
成長させてくださる神
冬と春が同居する2月。強い寒気により例年にない記録的な豪雪となった日…春を感じさせる暖かな陽ざしがさす日…と、本当に春が待ち遠しい今日この頃ですね。そんな中、「春告げ草」と呼ばれる梅の花も咲く日を待ちわびています。寒さの厳しいこの時期に、じっと耐えて春を待つ花…可憐に咲くその姿に、季節が和らいでいくのを感じさせてくれるので大好きな花の一つです。花言葉は「高潔、忠実、気品」。この花のように真っ直ぐに育ってほしいと願い、保育園も一年の成長の締めくくりの時をむかえています。
さて、先日、聖隷保育学会が行われました。「日々の保育の気づきからより良い保育を求めて保育の専門性を高める」「互いの研究を活かし合うことで聖隷の保育を確立する」というねらいをもとに、11回目をむかえました。遠方の宝塚、岩屋からも聖隷の職員が集まり、研究の成果を報告し、質疑応答を通して理解を深め合うことができました。めぐみ保育園は「遊びと環境 ~やってみようがあふれる毎日に~ 」と題し、取り組みから検証、考察、今後へ…と発表させていただきました。総評をしてくださった講師の先生からは、意欲・自発性・主体性がキーワードになる。では、やってみようと思えるにはどうすればよいのか?達成感は…?と考えた時、指標があるとそこに向かっていくことができる。乳幼児期の子どもたちは、まだまだ何処に向かって、どう行動してよいか自分では分からない。自発性、主体性といっても、自分からやれるためには、何か指標があって、そこに行動を合わせていく。未分化の中でも自分をコントロールする指標、ヒントを提供していってあげることが必要である。とお言葉をいただきました。保育をしていく中で、「子どもにとっての良い環境とは…」と試行錯誤しながら子どもたちと関わり、その姿を見守り、時に悩みながら自分たちの弱さにうちひしがれつつ、日々を過ごしてきた職員たちです。心身の発達を促すふさわしい環境としての人的環境は、子どもの発するメッセージに迅速に応答する関係をもち、寄り添ってくれる人であり、じっくりと見守る姿勢で情緒的響き合いをしてくれる人であり、幼い子どもを人格として認め、尊重する姿勢をもった人。つまり、肯定的にその子らしさの「よさ」を見つけることのできる人。私たち保育士はただ見守るだけではなく、「今、目の前にいる子どもがどんなことを思っているのか」心が寄り添える保育士でいたい。愛情ある空間での保育を大切に。と思うのです。今年度の研究で、子どもたちのために…と、職員皆が意識を高くもち保育を深く考えるようになったことが一番の収穫だったと思っています。今回、様々な園の発表をお聴きし、今悩んでいること、取り組んでいることは園それぞれですが、保育の根底には「子どもを愛する」ことがあり、聖隷の保育園の奥深さを感じると共に、つながり感じることができました。何より、揺るぎない確信がキリスト教保育にはあると感じます。それは「成長させてくださる神」の存在です。私たちは、神さまから授かった幼い命をお預かりし、共に成長できる喜びを感じながらも、自らの無力さをも感じ、保育に携わっています。神さまが、目の前の子どもたちを成長させてくださることを信じて、共に歩みをすすめてまいります。             石川 綾乃 

2018年1月11日
真心をつくす
新年あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

昨年末には、こども園めぐみと共に「クリスマス祝会」をむかえることができましたこと、感謝いたします。めぐみ保育園の幼い子どもたちとっては少し時間が長く、礼拝も厳粛な雰囲気の中で行うので、(静かにしなくては…)(長い時間で困ったな…)と大変な思いをされた方もいると思います。私は、こども園ができ、共に歩む園として一緒にどんなふうに迎えることができるのか考えた時、心配よりもわくわくしました。そして、幼児クラスの子どもたちとページェントをつくっていく時も、毎日が新しい驚きでいっぱいでした。何の経験もない子たちだからこその素直さ、新鮮さを感じました。だから、クリスマスは特別なものだけど、特別じゃない…ふだんの保育の延長であり、大事にしていることを子どもたちに伝える、一日いちにちを大切に共に過ごすことに変わりはない。と思うと、共に喜び合う日でありたい、と考えたのです。他園では、人数の関係で会場が準備できず、別々に行わなければいけない現状もあります。(別々でも思いは一緒ですが)それが、こども園めぐみには広い会場があり、皆が集える。0歳児~大人まで、皆が同じ空間で、チャプレンから話を聞き、献金の祈りを捧げる。そして皆でページェントを行う。そんな一日が共に過ごせたことを本当に心からうれしく思うのです。今後は、園児数が増えていくこと、年齢(幼児、乳児)に合ったところ、保護者の皆様のご意見等を検討しながらすすめていきますが、大事にしたいところがお伝えでき、よかったです。
さて、皆様は、新しい年はどんな年になるのか、どんな年にしたいのか、と新たな思いにわくわく、ドキドキしていますか?
私は、12月に「信じて待つ」と心に決めたのに、自分を信じられず気持ちばかり焦っていた自分があり反省し、悶々としていました。

<マザーテレサの言葉>
 ・神は私に成功をおさめることではなく、真心をつくすように命じた。神様は私たちに、成功してほしいなんて思っていません。ただ、挑戦することを望んでいるだけよ。
・私たちは、この世で大きいことはできません。小さなことを大きな愛をもって行うだけです。

この言葉は、私に勇気と愛を与えてくださいます。幼い子どもたちを育てている私たちです。結果はすぐには現れませんが、日々の保育、子育てを、愛をもって積み重ねることで未来はつくられていく。そう信じて職員と共に、2018年を歩んでいきます。
 石川 綾乃 

2017年12月21日
信じて待つ
万葉の時代から紅葉の美しさを愛でて野遊びする習慣があったとのこと…もう少し紅葉の美しさを味わっていたかったですが、急に寒さが増し、冬の訪れを感じますね。早いもので今年も残すところ1ヵ月を切りました。12月は師走とも言われます、それを聞いただけでも何だか忙しく過ぎていってしまいそうですが、一日いちにちを大切に子どもたちと過ごしていきたいと思います。
 保育園では、クリスマスの準備を少しずつ進めています。クリスマスツリーもリンゴ、天使の足跡、ダビデの星を飾りました。そして、先月27日よりアドベントに入りました。お部屋の中にはきれいなアドベントカレンダーがはられ、毎日一つずつめくってクリスマスを待っています。またアドベント礼拝1回目には、クランツの4本のろうそくのうち1本目に灯りを灯して礼拝を行い、うれしい気持ちの中でも静かに祈り、クリスマスを待つことをお話しました。保護者の方にもクリスマス献金のお願いの手紙と共に献金箱、献金袋を配布させていただきましたので、よろしくお願いいたします。まだ保育園の子どもたちは年齢が小さく、献金の意味がよくわからないとは思いますけれど、ご家族でその趣旨をご理解しただき、皆で同じ気持ちでクリスマスを迎えることができたら幸いです。

 今から、2000年も昔むかしのこと…マリアのところに天使があらわれて「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる」と告げます。マリアは戸惑いの中、「神さまの子イエスを産むこと」をうけとめ「わたしは神さまのものですから、あなたのお言葉とおりになりますように」と静かにこたえます。アリアは、どんなに戸惑ったことでしょう。でも、天使の言葉を信じて任せることによって、重大な事実を受け入れる強さをもちます。困難な現実から逃げないでしっかりと歩んだマリア、そして同じようにうけとめ、そのマリアを陰で支えたヨセフに思いをはせた時、私はこのアドベントの期間を「信じて待つ」「自分自身の振り返り」の時としよう、と思うのです。キリスト教保育にふれて、はじめてクリスマスの意味を知る方もいらっしゃると思いますが、幼く無垢な子どもたちは信じる、信じないではなく、何も疑わずに「そうなのだ」と真剣なまなざしを私に向けてくれます。クリスマスは大切な日だけれども特別な日ではなく、日々の保育とつながっていることを心にとめ、「神の愛」を子どもたちに伝えたいと思います。このイエスの誕生は、「誰もが神さまの子として愛される存在であること」「私があなた方を愛したようにあなた方も互いに愛し合いなさい」という私たち聖隷の保育・教育理念にも通じていることがわかります。そして、私たち保育者は、「聖なる奴隷」として、子どもたちのために、またそのご家族のために仕えているということをあらためて思う時となるのです。                      石川 綾乃

2017年8月1日
「育ち合う」

2017年7月5日
「感謝」

2017年6月5日
「再開」

2017年5月16日
「新たな歩み」

2017年4月7日
「出会い」

2016年9月14日
保育は子どもと共に夢を描くもの
                     
                                          園長  石川綾乃
あたたかい春の日差しに包まれて新しい年度が始まりました。寒く長い冬の間冬眠していた動物たちが動き始め、人々がやる気に満ち溢れる季節です。ここ、めぐみ保育園(和合せいれいの里)は、素晴らしい桜に囲まれています。私は、一年前ここに来た時の感動がよみがえり、毎年こんな感動が味わえることに感謝したしだいです。
さて、新しい環境でのスタートということで、3月末に聖隷のこども園・保育園の合同研修を行いました。(その際は、研修、次年度準備期間となり、保育のご協力ありがとうございました)そこで、クリストファー大学助教授の細田先生より、「保育者は、子どもと共に環境の中に夢を描く ~子どもの目と保育者の目~」という題目のお話を聴きました。めぐみ保育園では、昨年度、「環境」の研究をすすめてまいりました。その中で悩んだ時にも細田先生にご助言をいただいてきたので、今回のお話は職員にとって、とても興味深いものでした。まず「遊びの中に学びがある」「子どもは環境に誘われて遊ぶ」というところで、環境は、人間の心理学に深く結びついていて発達に必要不可欠である、ということがわかりました。そして、園においては「子どもの思い」「保育者の願い」この二つが結びついて家庭ではできない文化を育む、ということもおっしゃっていました。また、保育がやりにくい、生活しにくい、という時には、「遊びを生み出す5つの要素」…(時間、モノ、コト、ヒト、空間)これらを見直すということもしていきたいと思いました。今回は、室内での環境についてのお話が主でしたが、保育の先輩たちに教えていただいてきた「太陽と水と土が子どもを育てる」という自然のもたらすものの偉大さに感謝し、この和合の自然(神さまがお造りになったもの)を、保育にどう活かしていくのか、も同時に考えて進んでいきたいと思います。「保育は子どもと共に夢を描くもの」という細田先生のことばを心にとめ、子どもの「今、ここ!」を大事にできる保育者集団でありたい、と決意も新たにしました。
年度末研修の最後には、こども園めぐみの内藤園長より、「キリスト教保育とは…」というお話をいただきました。「子どもは神様からのいちばん美しい贈り物である」「神の愛は無限大であり、一人ひとりに注がれている」「愛は忍耐強い」という言葉が深く心に残り、めぐみ保育園だけでなく、姉妹園である「こども園めぐみ」の職員とも思いを一つにし、歩んでいきたいと思いました。
さあ、様々なものに出会い、何かを見出し、共に喜び、未来を造っていく…そんな一年にしていきましょう。子どもたちも保護者の皆様も、職員も、一人ひとりがこの世に生まれてよかった、ここに自分の居場所がある、そこで個々の能力を発揮する、という園になれますよう、一日いちにちを大切に過ごしてまいります。どうぞよろしくお願いいたします。
新しい一年が、皆様の上に、あたたかく降りそそぐ春の日差しのような一年となりますように…