稲葉 和真 ~夢を叶える~
私は3年目からは救急科に進みます。目の前で困ってる人、辛そうにしている人を救うために瞬間的に動ける人になりたいと思ったからです。もちろんまだまだ未熟者で不足してるところばかりではありますが、多くの人に支えてもらって学んだこの2年間を無駄にせず次に繋げていきたいと思います。自分と自分の周りの人を大切にしていきながらこれからも精進していきます。
最後になりましたが2年間関わってくださった全ての方に感謝申し上げます。大変お世話になりました。多くの方に恵まれた2年間でした。3年目以降もお世話になります。宜しくお願いします!
植田 浩太 ~感謝~
一方で充実とは言ったものの、できないことが多々あり能力の低さに嫌気が差す日々でした。しかしどの診療科を回っても、どの上級医の先生方も熱心に指導してくださり、そのおかげで僅かながらですが成長できた気がしています。
そして何より、拙い自分の説明にも最後まで耳を傾けてくれたり、「先生のおかげだよ、ありがとう」と言ってくださった、この2年間で出会った患者さん1人1人が僕自身の支えになっています。
来年度以降も引き続き外科医として当院で診療をさせて頂きますが、この2年間で学んだ事を糧に、常に努力を怠らず、感謝の気持ちを忘れずに日々の診療に取り組んでいきたいと思っています。
2年間、本当にありがとうございました。
千葉 明日香 ~沢山の憧れに出会い、支えられ成長した2年~
また、自分の無力さや小ささを現実として突きつけられ沈んでいるとき、「これ食べて元気だしな」と食が何よりのenergy chargeの手段だと知っている同期やメンターの先生に食料(主に甘いもの)を差し出され、明日からまた頑張ろうと思った夜(たまに朝)が一体何度あっただろう。
「雪に耐えて梅花麗し」という言葉があるように、自分の思い描くキャリアを形にしていく為にはまだまだ修練が必要だろう。やらない後悔よりもやる後悔。この2年で出会った沢山の憧れに少しでも近づけるように、これからも研鑽を重ねていけたらと思う。
お世話になった先生方、同期のみんな、2年間ありがとうございました。
小阪 健祥 ~ありがとうございました~
しかし終わってしまえば達成感しかなく、一生臨床するかに関わらず人も資源も整った規模の大きな急性期病院で責任持って臨床を経験できたことは自分の医療人としての柱になると確信しています。
短い間でしたが、ダメレジの僕にも辛抱強く叱咤激励していただいた上級医の方々や順風満帆な研修を手配くださった人材育成センターの方々、仲良くしてくれた同期や後輩には感謝しかありません。本当にありがとうございました。聖隷の名に恥じないよう精進致します。
斎藤 孝司 ~17期の事は忘れても僕のことは忘れないで下さい~
縁もゆかりもない浜松市に住み始め、不安でいっぱいの2020年4月。懐かしいようでつい最近のようで、不思議な気分です。
色々なことに自信が無くて転びまくった研修生活でした。これでやっていけるのかなーとぼけーっと考えたりすることも何度もありましたが、かっこいい上級医の先生方、賢くてかわいい後輩たち、そして何より一緒に馬鹿なこといいつつも切磋琢磨できた同期のおかげで、今があります。
思考停止の無動状態だった最初に比べれば、少しは動ける医者になれた気がします。
ここでの初期研修では、知識や手技ももちろんですが、精神的な面で学ぶことが多かったです。昔から周りに譲ってしまうマインドが癖の自分にとって、この病院の積極性は本当に自分をたたき直す良いきっかけになりました。
2年間で培ってきたことを忘れず活かして、脳外科医として頑張ります。
佐々木 卓馬 ~悔しさを大切に~
正田 智紗子 ~飛び立て!~
曽根 久美子 ~広大な医学の海を漂いながら~
中学生の時からずっと医師の姿に憧れ、様々なものを捨ててようやく掴み取った医師免許でしたが、臨床の場に出てみると、自分の不甲斐なさに、「選択を間違えてしまったのかな」「もっと違う道もあったのかな」と医師としての適性を疑うことや、医学の海があまりにも広大すぎて足が竦むことも多々ありました。恥ずかしながら、力尽きそうになったこともありました。しかし、医師になったことや聖隷浜松病院を初期研修病院に選んだことは、一度も後悔したことがありませんでした。それは、自分で決めて進んだ道だったからだと思います。
私は来年度からも聖隷浜松病院に残り、心臓血管外科への道を進みます。学生の頃からずっと憧れていた道です。正直なところ、今は不安な気持ちでいっぱいですが、やりがいと楽しさを見出しながら、誇りをもって心臓血管外科医としての仕事をしていられるように全力で臨みますので、今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。
2年間ありがとうございました。
千葉 馨 ~私の選んだ道~
研修で感じたのは,アナログで連綿たる人の命だ.そしてそれ故に,24時間365日,絶え間なく費やされる人的,物的資源だ.自分が想像していた以上のスケールだった.その莫大な仕事量を目の前にして,医師として自分が一生をかけて患者に寄り添い続けることができるのかと自問し,何度も返答に窮した.しかし裏を返せば,人から切に必要とされる仕事が自分の目の前には山ほどあるということだ.自分の存在が他者から求められることの幸福はきっとあるはずだ.自分なりの確信を持ってそのニーズに応えられる日が一日でも早く来るよう,自らを高め続ける覚悟はある.
研修を支えてくださった聖隷福祉事業団のスタッフの皆様,いつも近くで刺激を与え続けてくださった先輩,同期,後輩研修医の皆様に心から感謝します.2年間ありがとうございました.
冨山 茉那 ~2年間の重み~
春からはいよいよ小さい頃からの夢を叶えます。寧ろここからがスタートです。どれほどの知識と経験を重ねても、患者、家族、医療者の各目線で考えることを忘れない、多面的で柔軟な小児科医を目指して、引き続き当院で頑張ります!
冨山 嘉月 ~ディテールを心の部分でも~
医師国家試験の直後は医学をある程度修めたつもりになっていたが、働いてみると現実の医療現場はマニュアルやガイドライン通りに行かない症例ばかりで、学生の頃の知識は殆ど通じず、医学の不確実性に翻弄される毎日だった。
一方でエビデンスのない領域に対しても、先輩医師達が信念を持ちディテールを凝らしながら診療に臨む姿を見て、自分もこうなりたいと感銘を受けた。
あと数ヶ月で専攻医研修が始まる事実に焦りを感じているが、医師としての能力がこの短期間で劇的に変わるものでもない。けれども、日々ちょっとしたディテールを積み重ねていけば、将来大きな仕事を成し遂げることができると信じている。
今日、この日、この瞬間からは、自分で決めた課題を何一つ残さないで臨みたい。ディテールを心の部分でも。やり残さずに。
羽渕 えりか ~夢以上に未来を創り出すものはない~
今、私が手にしているものは聖隷浜松病院でいただいたものばかりです。慣れ親しんだ場所を離れる不安や寂しさは募りますが、ここで得たものを持っていろいろな世界をみることに胸を膨らませています。自分の持ち物をより多く重くしてきます。そしていつかこの病院に恩返しができること、お世話になった方々とまた一緒に働くことができる日を夢みています。最後になりますが、2年間本当にありがとうございました。
溝越 けやき ~もやもや を抱えて進む~
最後に.私が初期研修先を選んだ一番の理由は,聖浜を選び聖浜に選ばれる同期は素晴らしいはず,と感じたからです.最高の同期でした.みんな本当にありがとう!優し優秀すぎるよ!大好きだ!
山口 雅也 ~告白~
中途半端な理由づけでひとしきり「真っ当」に進路を選択すると、褒美に医師免許を与えられました。
初期研修先はハイパー病院と決めていました。仕事に打ち込むことで自分の存在意義を見出そうという漠然とした焦燥感にかられていたのだと思います。しかし熱量をもとうとすればするほど、頭は冷静に冴え渡りました。世の中にはまだまだやってみたいことが多く、等しく熱量を注ぎたいと魂が訴えてきます。診療科選択ほど頭を悩ませるものはありませんでしたが、悩み抜いた末に眼科という高度な専門性を伴う診療科を専攻したのは皮肉的です。医療に絞られていたスポットライトが自分の人生までズームアウトしていた顕れでした。決めたからには完璧主義でなければならないと思いますし、中途半端にはしませんが、公私メリハリのある生活を送り自分の好奇心を満たし続ける。そんな人生を送りたいです。
最後に、奔放に生きる自分を受け入れ、ともに研修をしてくれた同期と支えてくださった全てのスタッフに感謝を申し上げます。2年間ありがとうございました。
山本 真輝 ~朝日も夕日も同じ太陽~
「眼にて云ふ」患者を多くみてきた, これからもより多くみていくことになるだろう. 院外に公衆衛生を学びに行った際に, 医療はwell-beingの一要素に過ぎない, ということに気づいた. 急性期から慢性期, 終末期への移行へ. エビデンスとナラティブのどちらも重視することは, 当院で培った最大の学びだ.
爽やかに暮れていくこの国で, 僕らの人生はただ日出ずるばかりだ. 未来圏から吹いて来る透明な清潔な風を感じながら, 更にあらたな正しい時代をつくろうと思う.
結びに. 2年間お世話になりました, 心より感謝いたします.
渡邉 健太郎 ~人それぞれの思いと出会い~