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修了生の声 第17期生(2022年3月修了)

稲葉 和真 ~夢を叶える~

小さい頃から医師になることが夢でした。医療ドラマに出てくる医師が人を救う姿に、ただただ憧れ、そんな生き方かっこいい!という理由で志しました。聖隷浜松病院での初期研修は僕の夢を叶える、その一歩目でした。研修は楽しいことばかりではなく大変な思いもしました。しかし実際に患者さんに触れ、自ら考え実践し、担当させて頂いた患者様が笑顔で退院されていく。そんな日々にとても充実感と責任感を覚えました。
私は3年目からは救急科に進みます。目の前で困ってる人、辛そうにしている人を救うために瞬間的に動ける人になりたいと思ったからです。もちろんまだまだ未熟者で不足してるところばかりではありますが、多くの人に支えてもらって学んだこの2年間を無駄にせず次に繋げていきたいと思います。自分と自分の周りの人を大切にしていきながらこれからも精進していきます。
最後になりましたが2年間関わってくださった全ての方に感謝申し上げます。大変お世話になりました。多くの方に恵まれた2年間でした。3年目以降もお世話になります。宜しくお願いします!

植田 浩太 ~感謝~

志望科である小児外科に専従する前に、初期研修では医師のスタートとして救急対応や全身の管理を学びたい、新生児科や小児科などでも研修をしたい、という理由で当院に入職しました。働いてみると学びの尽きない日々で、このようなとても充実した研修を送ることができたのも、様々な職種の、多くの方の支援があったからこそだと思っています。
一方で充実とは言ったものの、できないことが多々あり能力の低さに嫌気が差す日々でした。しかしどの診療科を回っても、どの上級医の先生方も熱心に指導してくださり、そのおかげで僅かながらですが成長できた気がしています。
そして何より、拙い自分の説明にも最後まで耳を傾けてくれたり、「先生のおかげだよ、ありがとう」と言ってくださった、この2年間で出会った患者さん1人1人が僕自身の支えになっています。
来年度以降も引き続き外科医として当院で診療をさせて頂きますが、この2年間で学んだ事を糧に、常に努力を怠らず、感謝の気持ちを忘れずに日々の診療に取り組んでいきたいと思っています。
2年間、本当にありがとうございました。

千葉 明日香 ~沢山の憧れに出会い、支えられ成長した2年~

3年前の自分は浜松で初期研修をしているなんて思ってもいなかったし、10年前は医者になることさえ想像していなかった。人生ほんとに何が起こるかわからない。ただひとつ言えるのは、それぞれの人生の分岐点にはいつも、憧れの対象であったり、どんな形であれ私をmotivateしてくれる人が現われ、自分を導いてくれていたように思う。医者の卵として働いたこの2年間も、こんなところを真似したい、こんな風に診療に向き合える人になりたい と思えるような沢山の尊敬する人々に出会うことができた。
また、自分の無力さや小ささを現実として突きつけられ沈んでいるとき、「これ食べて元気だしな」と食が何よりのenergy chargeの手段だと知っている同期やメンターの先生に食料(主に甘いもの)を差し出され、明日からまた頑張ろうと思った夜(たまに朝)が一体何度あっただろう。
「雪に耐えて梅花麗し」という言葉があるように、自分の思い描くキャリアを形にしていく為にはまだまだ修練が必要だろう。やらない後悔よりもやる後悔。この2年で出会った沢山の憧れに少しでも近づけるように、これからも研鑽を重ねていけたらと思う。
お世話になった先生方、同期のみんな、2年間ありがとうございました。

小阪 健祥 ~ありがとうございました~

留学の準備に専念するなら暇な大学病院にするか迷いましたが、臨床をしっかりやっていて損はないだろうと思い初期研修医でもある程度診療に参加できそうな病院を選びました。しかし思った1億倍しんどくて選んだことを後悔したこともありました。上級医や病院に守られているとはいえ、ばりばり急性期かつ救急医療に力を入れている病院で初期研修することは甘くなかったです。
しかし終わってしまえば達成感しかなく、一生臨床するかに関わらず人も資源も整った規模の大きな急性期病院で責任持って臨床を経験できたことは自分の医療人としての柱になると確信しています。
短い間でしたが、ダメレジの僕にも辛抱強く叱咤激励していただいた上級医の方々や順風満帆な研修を手配くださった人材育成センターの方々、仲良くしてくれた同期や後輩には感謝しかありません。本当にありがとうございました。聖隷の名に恥じないよう精進致します。

斎藤 孝司 ~17期の事は忘れても僕のことは忘れないで下さい~ 

まずはこの2年間、ご指導を頂いた先生方、お世話になったコメディカルの皆様、支えて下さった人材育成センターの皆様、本当にありがとうございました。
縁もゆかりもない浜松市に住み始め、不安でいっぱいの2020年4月。懐かしいようでつい最近のようで、不思議な気分です。
色々なことに自信が無くて転びまくった研修生活でした。これでやっていけるのかなーとぼけーっと考えたりすることも何度もありましたが、かっこいい上級医の先生方、賢くてかわいい後輩たち、そして何より一緒に馬鹿なこといいつつも切磋琢磨できた同期のおかげで、今があります。
思考停止の無動状態だった最初に比べれば、少しは動ける医者になれた気がします。
ここでの初期研修では、知識や手技ももちろんですが、精神的な面で学ぶことが多かったです。昔から周りに譲ってしまうマインドが癖の自分にとって、この病院の積極性は本当に自分をたたき直す良いきっかけになりました。
2年間で培ってきたことを忘れず活かして、脳外科医として頑張ります。

佐々木 卓馬 ~悔しさを大切に~

2020年4月、新型コロナウイルス感染症という人類の歴史に残る一大事の最中、医師として、そして社会人としての生活が始まりました。入職3日目で、なりすまし電話に対して自主的に潜入捜査を行い「ガスト君」の称号をほしいままにしたあの頃を懐かしく感じるほど、この2年間はとても濃密で実りの多い時間でした。研修医になりたての1年目、初めて自分の受け持ち患者さんが急変し、お看取りをすることになったとき、何もできず立ち尽くしていた私に指導医の先生が「考えろ、それが今後のお前の医者人生を決めるぞ」という熱い言葉をかけて下さったのを今でも鮮明に覚えています。毎日できないことや分からないことばかりで自分の不甲斐なさに焦りや苛立ちを覚えることも多々ありましたが、この悔しさを学びの推進力にして、今後も精進していきたいと思います。最後になりますが、医師として、社会人として、本当に多くの方々にご指導を賜りました。その全ての方々に感謝申し上げます。またお会いしましょう。

正田 智紗子 ~飛び立て!~

生まれ育った浜松の、自分が生まれた病院で、医療従事者としての第一歩を踏み出せたことを嬉しく思います。“ハイパー病院”と聞いて不安でしたが、初めだしできるところまでやってみようという思いで就職しました。この2年間は無我夢中でもがくうちに終わってしまい、できないことばかりが目について失速した時期もありましたが、同期や先生方、スタッフの皆さんに支えられて、なんとか歩み続けることができました。良くも悪くも心に残る症例をいくつも経験したし、目標としたい先生方にも出会えました。真っ白だったキャンバスにたくさん色づいた2年間だったと思います。ありがとうございました。

曽根 久美子 ~広大な医学の海を漂いながら~

医師として働き始め、文字通り怒涛の2年間でした。
中学生の時からずっと医師の姿に憧れ、様々なものを捨ててようやく掴み取った医師免許でしたが、臨床の場に出てみると、自分の不甲斐なさに、「選択を間違えてしまったのかな」「もっと違う道もあったのかな」と医師としての適性を疑うことや、医学の海があまりにも広大すぎて足が竦むことも多々ありました。恥ずかしながら、力尽きそうになったこともありました。しかし、医師になったことや聖隷浜松病院を初期研修病院に選んだことは、一度も後悔したことがありませんでした。それは、自分で決めて進んだ道だったからだと思います。
私は来年度からも聖隷浜松病院に残り、心臓血管外科への道を進みます。学生の頃からずっと憧れていた道です。正直なところ、今は不安な気持ちでいっぱいですが、やりがいと楽しさを見出しながら、誇りをもって心臓血管外科医としての仕事をしていられるように全力で臨みますので、今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。
2年間ありがとうございました。

千葉 馨 ~私の選んだ道~

自分が何者なのか,正直まだ分かっていない.3歳からバレエを始め表現者たることを学び,思春期に60カ国を放浪し多様性を体感した.自分が他人以上に環境依存であるとの自覚があったため,自分より優秀で熱心な研修医の多い聖隷浜松病院を選んだ.

研修で感じたのは,アナログで連綿たる人の命だ.そしてそれ故に,24時間365日,絶え間なく費やされる人的,物的資源だ.自分が想像していた以上のスケールだった.その莫大な仕事量を目の前にして,医師として自分が一生をかけて患者に寄り添い続けることができるのかと自問し,何度も返答に窮した.しかし裏を返せば,人から切に必要とされる仕事が自分の目の前には山ほどあるということだ.自分の存在が他者から求められることの幸福はきっとあるはずだ.自分なりの確信を持ってそのニーズに応えられる日が一日でも早く来るよう,自らを高め続ける覚悟はある.

研修を支えてくださった聖隷福祉事業団のスタッフの皆様,いつも近くで刺激を与え続けてくださった先輩,同期,後輩研修医の皆様に心から感謝します.2年間ありがとうございました.

冨山 茉那 ~2年間の重み~

生き生きとした先輩達の姿に感銘を受け、私もここで研修したい!と思ったことを覚えています。いざ研修が始まると、理想としていたスマートな研修医には程遠く、何をやってもイマイチな自分に落ち込む日々でした。不恰好に奮闘し続けた怒濤の二年間でしたが、経験した悔しさも不甲斐なさも全てが自分の財産であり、いつか自分自身を助けてくれることと確信しています。また何より、いつ何時も患者さんのもとへ駆けつける誠実さを持ち、納得するまで突き詰め、時には上級医と真っ向から議論するような大胆さを発揮する仲間がいる環境に身を置けたことは幸せでした。今後、それぞれの分野でみんなの名を聞くことが楽しみで、私もその一員になれるよう精進していきたいと思います。
春からはいよいよ小さい頃からの夢を叶えます。寧ろここからがスタートです。どれほどの知識と経験を重ねても、患者、家族、医療者の各目線で考えることを忘れない、多面的で柔軟な小児科医を目指して、引き続き当院で頑張ります!

冨山 嘉月 ~ディテールを心の部分でも~

環境と機会に恵まれた2年間だった。各診療科の指導医や同期の研修医、多様な職種の方々との交流を通して、朧気ながら自分の中で理想の医師像が固まってきたと思う。
医師国家試験の直後は医学をある程度修めたつもりになっていたが、働いてみると現実の医療現場はマニュアルやガイドライン通りに行かない症例ばかりで、学生の頃の知識は殆ど通じず、医学の不確実性に翻弄される毎日だった。
一方でエビデンスのない領域に対しても、先輩医師達が信念を持ちディテールを凝らしながら診療に臨む姿を見て、自分もこうなりたいと感銘を受けた。
あと数ヶ月で専攻医研修が始まる事実に焦りを感じているが、医師としての能力がこの短期間で劇的に変わるものでもない。けれども、日々ちょっとしたディテールを積み重ねていけば、将来大きな仕事を成し遂げることができると信じている。
今日、この日、この瞬間からは、自分で決めた課題を何一つ残さないで臨みたい。ディテールを心の部分でも。やり残さずに。

羽渕 えりか ~夢以上に未来を創り出すものはない~

“医師としての根幹をつくる研修をここでしたい”そんな熱い夢をもって聖隷浜松病院を選びました。憧れていた初期研修の日々は思った以上に怒濤のスピードで過ぎ去ってしまいました。辛いことも沢山あったと思います。でももう覚えていません。今はそれくらい感謝の気持ちでいっぱいです。慣れない私を「先生」と呼んで丁寧に向き合ってくださった患者さん。辛い時に優しい言葉をかけてくださる人育やコメディカルの方々。患者さんには真摯に向き合い、我々には温かく時に厳しく指導してくださるかっこいい先生方。悩みながらも何度も立ち上がる前向きな同期や後輩。こんな環境に囲まれたこの2年間は恵まれていたとしか言いようがないです。
今、私が手にしているものは聖隷浜松病院でいただいたものばかりです。慣れ親しんだ場所を離れる不安や寂しさは募りますが、ここで得たものを持っていろいろな世界をみることに胸を膨らませています。自分の持ち物をより多く重くしてきます。そしていつかこの病院に恩返しができること、お世話になった方々とまた一緒に働くことができる日を夢みています。最後になりますが、2年間本当にありがとうございました。

溝越 けやき ~もやもや を抱えて進む~

医療の不確実性や複雑性,というものを学生時代から知識としては分かっていたつもりでした.しかし,飛び込んだ世界にはなんと理不尽と言いたいほどのChaos(カオス)が待っていました!医学的な武器もマネジメント能力も乏しいヘッポコ研修医の私は,「もやもや」の高い壁に囲まれ右往左往し溢れる涙を止められないことも多々ありましたが,指導医の先生方,看護師をはじめとするスタッフや人材育成センターの皆様と「もやもや」を共有させていただきながら非常に厚く強いサポートを賜り,時に同期や後輩に鼓舞されて初期研修の2年を乗り越えることができました.この場をお借りして心より感謝申し上げます.「もやもや」からは逃げ切れないことを学びましたので「もやもや」を感じたら,①とにかく医学的な勉強をする②患者さんのベッドサイドに座って原点に立ち返る③ヘルプを求める,の3点をこれからも続けていきたいと思います.1年に渡り5回入院5診療科の病棟を訪ね続け,最期のお見送りをした患者さんのことを私は一生忘れません.
最後に.私が初期研修先を選んだ一番の理由は,聖浜を選び聖浜に選ばれる同期は素晴らしいはず,と感じたからです.最高の同期でした.みんな本当にありがとう!優し優秀すぎるよ!大好きだ!

山口 雅也 ~告白~

振り返れば、学生の頃から「優等生」として周囲から持て囃され、刹那的な優越感を動機に物事に取り組んできました。全ての教科に等しく興味を持ち、等しく熱量を注ぎました。歳を重ねると、焦点を絞った生き方が美化され、多くの選択を迫られるようになりました。
中途半端な理由づけでひとしきり「真っ当」に進路を選択すると、褒美に医師免許を与えられました。
初期研修先はハイパー病院と決めていました。仕事に打ち込むことで自分の存在意義を見出そうという漠然とした焦燥感にかられていたのだと思います。しかし熱量をもとうとすればするほど、頭は冷静に冴え渡りました。世の中にはまだまだやってみたいことが多く、等しく熱量を注ぎたいと魂が訴えてきます。診療科選択ほど頭を悩ませるものはありませんでしたが、悩み抜いた末に眼科という高度な専門性を伴う診療科を専攻したのは皮肉的です。医療に絞られていたスポットライトが自分の人生までズームアウトしていた顕れでした。決めたからには完璧主義でなければならないと思いますし、中途半端にはしませんが、公私メリハリのある生活を送り自分の好奇心を満たし続ける。そんな人生を送りたいです。
最後に、奔放に生きる自分を受け入れ、ともに研修をしてくれた同期と支えてくださった全てのスタッフに感謝を申し上げます。2年間ありがとうございました。

山本 真輝 ~朝日も夕日も同じ太陽~

朝日より早く職場に来て, 夕日より永く職場に居る. 医師人生の始まりを, そんな環境に身を置きたいと感じたのは学生の時分に初めて当院に見学に来たときであった. 身を焦がして輝く2年間にすると決めたけれど, 逆風のなか心折れるときもあった. 支えとなったのは, 眼前に在る患者, そして恒星の如く光を放つ同期, 先輩後輩の姿であった.
「眼にて云ふ」患者を多くみてきた, これからもより多くみていくことになるだろう. 院外に公衆衛生を学びに行った際に, 医療はwell-beingの一要素に過ぎない, ということに気づいた. 急性期から慢性期, 終末期への移行へ. エビデンスとナラティブのどちらも重視することは, 当院で培った最大の学びだ.
爽やかに暮れていくこの国で, 僕らの人生はただ日出ずるばかりだ. 未来圏から吹いて来る透明な清潔な風を感じながら, 更にあらたな正しい時代をつくろうと思う.
結びに. 2年間お世話になりました, 心より感謝いたします.

渡邉 健太郎 ~人それぞれの思いと出会い~

どこで働くかより誰と働くか、最後はこの理由で聖隷浜松病院を選ばせて頂いた。コメディカルも含め、みんなが「よい医療を患者さんに提供するにはどうすべきか」を真に考えていて、その姿勢がプロフェッショナルなのだと刺激をうけた。医学的な正当性を伝えることが正しいとは限らないこと、自分の感情は態度や雰囲気で相手に伝わるのだと感じたことがあった。患者さん含め、色々な立場の人が、それぞれの思いを持っていて、その思いを汲めるようになりたいと思った。そして、聖浜に来て1番良かったのは同期のみんなと出会えたことだ。一緒に過ごした2年間は最高でした、ありがとう。これからも一生つながっていけたらと思います。自分の中の正義や信念を持ちつつも、まわりの人の考えも吸収できるようなプロフェッショナルとして、誰かに必要とされる医師を目指します。自分の家族も聖隷に診てもらいたい、そんな病院でした。関わってくださった方々、2年間本当にありがとうございました。

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