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ホーム  > 臨床研修医  > 修了生の声 第21期生

修了生の声 第21期生

2026年3月に第21期生 14名全員が修了されました。修了にあたり、この2年間を振り返ってのお言葉をいただきました。掲載にご協力いただき、「修了生の声」としてこのページに残しております。


大宇根 惣平 ~30歳男性/研修医/単身赴任/聖浜最高!~ 

あっという間の2年でした。この病院を研修先に選んだのは志高い先輩方、その先輩方をみてこの病院にしたいと志望してきた同期達とともに研修をすることで、いい意味で「朱に交わって赤くなりたい」と思ったからです。実際頼れる先輩、勉強熱心な同期、そして優秀な後輩に囲まれ、常に「自分ももっと頑張らなければ!」と奮闘することができました。指導医の先生方にも恵まれ本当にこの病院で研修ができて良かったと思います。私生活としては、妻、子供とは別居し単身赴任でこちらに来ました。幸い毎日電話していたおかげで子供に顔を忘れられなくてすみました。毎日電話した甲斐があったというものです。本当に最高の2年間でこの病院、浜松のことが大好きになりました。この病院が好きすぎて3年目もここに残らせていただくお願いをしてしまったくらいです笑 一旦研修医としては区切りです。皆様本当にお世話になりました!

太田 信之介 ~ある日のこと~

「プルルルル…」
深夜2時、当直室、静寂をポケットの振動が引き裂いた。胸痛、ショックバイタル。ピッチを握りしめ救急外来へ走る。いつになっても見慣れない赤い光と共に患者が運ばれてきた。患者は60代男性。顔面は蒼白、冷汗著名、ストレッチャーに横たわりながら、左胸を強く押さえていた。「胸が…苦しい…」声は掠れ、言葉は途切れる。無機質な音と共に心電図用紙が吐き出された。ST上昇。黒い線は、静かに、しかし確かに持ち上がっていた。そのわずかな隆起の下で、ひとつの心臓が、今壊れ始めている。考える間もなく緊カテへ。造影剤を注入すると、目に見えない地図が浮かび上がる。ー#6 99%ー 線のように細いワイヤーを使い、明日へと続く金属のトンネルを運んでいく。明日へと続く、細く、確かな道。そのトンネルを抜ければそこは…
なんてことができればいいなと思っています。可愛がっていただいた皆様、2年間本当にありがとうございました。最高の同期は今後もよろしくね。

大橋 良太 ~研修を振り返って~

地元浜松で医師としての歩みを始めたいと考え、ご縁をいただき聖隷浜松病院にて初期研修を行うことになりました。救急科から始まった研修生活は、学生時代と実際の医療現場との違いに戸惑い、自分の力不足を感じることも多い日々でした。それでも、先輩の先生方や同期の仲間に支えていただき、励まし合いながら何とか二年間の研修を終えることができました。来年度からは外科医として新たなスタートを切る予定です。学生時代に抱いた憧れから、消化器外科医を志しました。初心を大切にしながら、外科的な技術だけでなく、患者さんに寄り添う姿勢や倫理観も兼ね備えた医師になれるよう、これからも努力していきたいと思います。将来的には、地元静岡県の医療に少しでも貢献できるよう、日々研鑽を積んでまいります。
この二年間の研修生活を通してご指導くださった先生方、そして多職種の皆様には、心より感謝申し上げます。今後も静岡県内で医療に携わる予定ですので、引き続きご指導、ご助言をいただけましたら幸いです。

岡田 拓之 ~初期臨床研修を振り返って~

大学時代どこの研修先が良いか分からず、同期の太田の「一緒に働こうよ」の一言が聖隷浜松病院を初期臨床研修の場に選んだ最後の決め手でしたが、当院にて研修ができ後悔はありません。医学的な成長に関しては、努力不足もあって分からないことだらけではありますが、上級医の先生の指導のおかげで魅力を感じる瞬間も多く、興味を持って勉強することが出来ました。また何よりも診療の場において患者さんとのコミュニケーション、患者さんの家族の対話を通し、どのように話したら安心して過ごせるか、満足する治療を提供できるか、また医師として信頼されるか研修医なりではありますが多くのことを学ぶことができました。

岡村 祐希 ~2年間を振り返って~

研修医の2年間は迷い苦しんだ期間でした。
勉強は得意ではないし、仕事も人一倍時間がかかってしまう要領の悪さと、それを認めきれないプライドの高さもあって、適当にやり過ごしてしまう自分の弱さを痛感する日々でした。何度も逃げだそうと思いましたが、何とか踏みとどまれたのは、不調を察しては励まし、奮い立たせてくれた同期や先輩をはじめとする多くの方々の助けがあったからです。
そのおかげで、逃げることなく患者さんと向き合い、医療に携わるやりがいや楽しさを感じることができました。
私は九州で血液内科医になります。研修医の間はいろいろな人の助けを借りてやってきましたが、これからは誰かの力になれるように、聖浜での2年間を糧に、自信をもって医療に携われるように精進していきます。研修医2年間の恩を返すためにも、大きくなって浜松に帰ってきたいと思います。本当にありがとうございました。

尾熊 佳乃子 ~2年間を振り返って~

まず、聖隷浜松病院で研修できて本当に良かったと思っています。ここに来て良かったと思う理由はたくさんありますが、まずは、21期の同期に巡り会えたからです。優秀で勉強熱心で、でも遊びにも全力な同期と過ごせたこの2年間は宝物です。研修医室で勉強している同期をみて、私も勉強しよう、もっと頑張ろうと思ったことは数えきれません。また、休みの日はたくさん遊んでたくさん飲みました。この頻度とこの手軽さで誘える同期は今後いなくなるのかと思うと、さみしい気持ちでいっぱいです。また、研修環境にも恵まれました。切磋琢磨できる同期がいて、教育熱心な上級医がいて、優秀なコメディカルに囲まれて、非常に恵まれた環境だったと思っています。1年目の4月からいきなり主治医になって、何一つ分からないことだらけでしたが、分からないなりにどうやって進んでいくかを学んだとても大切な時間でした。ここで学んだことを忘れず、これからも精進していこうと思います。2年間ありがとうございました。

西村 遥 ~人生で最も成長を実感した2年間~

3年前、聖浜を見学した時に見た研修医の先生のように、自分はなれただろうか。無論、知識や経験は道半ばではあるが、少なくとも3年前の自分のような学生や、患者から見て、まともな診療をしていると思われるようにはなれた気がする。
1年目4月の救急科では、自分が取った所見の意味も出した検査の読み方もわからず、目の前の患者が急変していく様を見て教科書を急いで開くも、頭に入らないと思ったら上下逆さだった。カンファレンスでは、初めての持ち患のプレゼンで、1人で15分間話したがその場の誰にも内容は伝わらなかったし、自分でも覚えていない。
そんなへっぽこ研修医だが、聖浜で出会った多くの先生方のおかげで、まともな診療ができるまで成長した。本当に感謝してもしきれない。これからも基礎から1つずつ積み重ねて、いつしか1人前の脳外科医になれるよう精進したい。

金子 郁澄 ~かけがえのない時間~

臨床分野も公衆衛生分野も広く深く学びたい、という気持ちでこの病院にお世話になることに決めました。
初めに思い描いていた通り、院内では手厚くご指導いただき、患者様を診ることの楽しさと難しさを学びました。2ヶ月間の公衆衛生に関する院外研修にも快く送り出してくださり、WHO本部や厚生労働省での研修など、刺激的な時間を過ごしました。
研修医のやりたいことを尊重して、温かく見守ってくださる聖隷浜松病院のおかげで、私は来年度から医系技官として働くことを決めることができました。離れた場所からにはなりますが、少しでも恩返しができるよう精進してまいります。
2年間を振り返ると、自分がふがいなく、やるせない気持ちになったり、辛いこともたくさんありましたが、何度戻っても、
また聖隷浜松病院での研修がしたいです。
一生忘れることのないかけがえのない時間を、ありがとうございました。

郡司 哲仁 ~どちらかというと「静」~

救急科をローテーションしていたある日、後輩から「動」と「静」で言えば先輩は「静」ですねと言われました。これが、2年間の研修生活を振り返るきっかけになりました。救急外来では常に時間に追われ、判断を迫られる場面が多いなかで、私は声を荒らげることなく、淡々と情報を整理し、手を動かしてきたつもりです。「静」と評されたのは、そうした姿勢が周囲にも伝わっていたからかもしれないと感じました。あの後輩の「静ですね」という言葉は、自分の弱さではなく、自分なりの強みとして「静かな医師像」を受け入れてよいのだと教えてくれた気がします。一方で今後の課題として「静」の強みを生かしつつ、必要な場面では自ら前に出てチームをリードする「動」の要素も意識的に身につけていきたいと考えています。これからも、大きな声より静かな継続を土台にしながら、ときに一歩踏み出せる医師でありたいです。

竹内 悠真 ~優れたものは逆境からしか生まれない~

学生時代から臨床推論に魅了されてきました。乏しい知識ながら病態を考察し議論することが楽しみの一つでした。しかし、頭の中だけの議論は「机上の空論」に過ぎず、このままでは単なる空想家になると思い、自分が選択しなそうなハイパー病院である聖隷浜松病院を研修先に選びました。研修開始後は息のつく間もなく時は流れ、気づけば後輩ができ、そして卒業に至りました。「数年前の自分と比較して成長できているか」「未来の自分が見たときに後悔のない過程を歩めているか」と自問自答する毎日でした。それでも、多種多様で心優しい同期に恵まれ、2年間充実した研修医生活を送ることが出来ました。
将来については悩み抜いた末、やはり診断の道を極めたいと考えています。
「静岡東部で困った症例があれば、あの先生に紹介しよう」と言ってもらえるような、東部の内科診療の要になれるよう頑張っていきます。

立木 聡馬 ~充実した研修~

1年目最初のローテは総合診療科で、学生気分だったところに主治医としての責任がのしかかり、周りがそつなくこなしているようにも見えて自分を追い込んで勝手に辛くなっていたことを覚えています。そんな鮮烈なスタートを切った研修生活は楽な日々ではなかったですが先生方のご指導、コメディカルや人育の方々の支え、先輩、後輩、そしてなにより苦楽を共にした同期の存在のおかげで乗り切ることができました。どれが欠けても走りきれなかったと思います、本当にありがとうございました。
 充実した研修を送らせていただき蝸牛の歩みでありますが一人の医師/社会人として成長できているのではないかと思います。いつかまたお会いした際により成長した姿を見ていただくことが皆様への孝行と考えております。今後も精進して参ります、皆様お体にはお気をつけて、では。

畑 史織 ~初心~

中学生の頃、身近な人の職業インタビューという少々面倒な課題が課されました。私は安直に身近にいた父(内科医)を調査対象としました。詳細な質問内容は失念しましたが、ふと疑問に思い、下記のように尋ねたことは記憶しています。「患者さんが亡くなったことはあるの。その時ってどんな気持ちなの。」
 そこから12年の月日が経過し、自分も医師として様々な患者さんと向き合う日々を過ごすようになりました。浜松での2年間は力及ばず歯がゆい思いをすることだらけでしたが、医療への情熱にあふれた上級医・他職種のみなさまの叱咤激励を受けながら、少しずつ成長することが出来たのではと思います。一方で、経験を積めば積むほど “人の生き死にに関与しているのだ” という緊張感を忘れがちになってしまうようにも感じます。
来年度からは救急科の専攻医として新たな道を歩みます。中学生の自分を心に自問自答しながら、臨床医として日々邁進して参ります。2年間、本当にありがとうございました。

藤本 隆史 ~桜梅桃李~

久々の「勤務」というかたちでの社会参加、どうなることかと思っていましたが、頼もしい同期の皆さんのおかげでとても楽しく、迎えることができました。
そうして始まった2年という月日はあっという間で、文字通り駆け抜けるように過ぎていきました。振り返ってみると、これまでの経験に安座することなく、初心にかえって真摯に学ぶことができました。当院がそもそも社会人経験者を受け入れる土壌を持つ施設であった、とも言えますが、初心のまま歩み続けられたのは、分け隔てなく接してくれる同期あってこそ、と私は思っています。
ここから先の進路はそれぞれで、歩調も桜梅桃李と想像します。ですがまたいつか、どこかでご一緒できたなら、その時はまた是非ともに切磋琢磨させていただければと思います。まずは2年間、本当にありがとうございました。そして引き続き、どうぞよろしくお願いします。

水松 晃太郎 ~いつかは与える人へ~

正直、苦労して医学部に入ったものの、大学6年間で自分が医師として何をしたいのかわからないまま卒業してしまった。それでも医師として生きていくなら、ちゃんとした医者になりたくて、聖隷浜松病院で初期研修をはじめた。1年目の5月にCPAが来たとき、血ガスの分注の仕方さえわからず怒鳴られたことや、面談室の外で立ち往生していたことがふと思い出される。あの頃より少しは成長できているのだろうか。この2年間で、自分にはないものをもつ人にたくさん出会えたことは一生の財産になると思う。周りがあまりに優秀で努力家で、「みんながもっと怠惰であってくれたら、どれだけ心が楽か」と内心愚痴をこぼしたこともしばしばだった。この2年間で多く人に支えられて、与えられてばかりだったけれど、いつかは自分も成長して、人に何を与えられるような医師になりたいと思う。その何かはまだわからないけど、ヒットし続ければ何かが見えると信じて。2年間本当にありがとうございました!!

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