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聖隷三方原病院は、地域医療支援病院として、質の高い地域完結型医療を目指しています。
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「私と聖隷三方原病院とのつながり」看護相談室 係長 大木純子氏

「私と聖隷三方原病院とのつながり」    看護相談室 大木純子


 聖隷のシンボルマークは、外側の二重円がたらいを表し、その内側の3つの円が医療(赤)・教育(青)・福祉(緑)を象徴していると言われている。それら3つの円は重なり合っており、各専門職がそれぞれの役割を果たすとともに、連携・協働することを示していると思われる。私が聖隷のシンボルマークを示したのは、聖隷三方原病院とのつながりを考えたとき、教育、つまり聖隷クリストファー大学で学ぶ機会を与えていただいたことにより、聖隷三方原病院に就職することができたと思うからである。教育は、単に大学における教育だけでなく、臨床の場面における現任教育も含まれると思われるが、私にとって、聖隷三方原病院とのつながりを考えた時、聖隷クリストファー大学の存在なしには語れないといえる。

私が聖隷クリストファー大学(当時は聖隷クリストファー看護大学)で、もう一度看護学を学ぼうと決めたのは、大学病院で看護師として働いていたときに出会った、患者様、ご家族との関わりからであった。がんを患い、闘病している患者様の中には、術後の合併症等により、家に帰りたいと思っていても退院ができず、何年も入院されたまま、最期まで病院で療養されていた方もいた。患者様、ご家族が様々な思いを抱きながら意思決定されたことではあったが、長期にわたり病院で療養されている方との関わりを通して、在宅で過ごすことの意味を考えるようになった。そして、在宅看護についての知識を深めたいと思い、大学への進学を決意した。

なぜ、聖隷クリストファー大学を選択したのだろうか?単に、静岡県民ということもあり、静岡県内にできた看護大学を選択したのだろうが、今になって思うことは、これまでの歩みが、偶然ではなく、決められたレールの上を進んできたのではないかと考えるようになった。というのも、現在私は、がん患者・家族が在宅療養において苦痛や不安が少なく過ごせるように、病棟看護師・外来看護師とともに療養環境の調整を行ったり、がんを患ったことにより生じている精神的苦痛が緩和できるように支援している。

聖隷三方原病院の就職試験では、ペーパードライバーという理由から、第一希望の訪問・看護相談室を断念し、他の職場を希望した。試験官との話の中で「ホスピスで働いてみたい思いもあるが、私には精神的なサポートを行うことは無理だと思う。」と思いを伝えたのにもかかわらず、ホスピス病棟での勤務となった。その後、車の運転に慣れたことで、訪問・看護相談室(現在の看護相談室)に異動し、在宅ホスピス患者に対してケア提供してきた。そして今、ホスピス病棟・在宅ホスピスでの経験や大学院での学びを活かし、がん患者・家族の精神的苦痛緩和への支援を行っている。精神的なサポートを行うことは無理と言っていた私が・・・と今更ながらに思うが、これも運命なのかなと考える。

 最後に、私が大学に進学しようと思わなければ、聖隷三方原病院で働くこともなかったと思われる。しかし、大学および大学院に進学できたこと、そして、今の仕事に就いていることは、私ひとりの力ではなく、私を支えてくれた多くの人がいたこと、患者様との出会いや別れなど、これまでの経験の積み重ねによること、そして、“聖隷”の先駆的な戦略により、学びの場を設立してくれたためと思われる。これまでの歩みに感謝しつつ、専門職としての知識・技術・態度を身につけて成長・発展できるように努力していきたいと思う。また、決められたレールの上を歩んでいるだけではなく、自分で切り開いてきけるように、“聖隷”を発展させてきた先駆者のように、未来を見据えた活動ができるように努力していきたいと思う。


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