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聖隷三方原病院は、地域医療支援病院として、質の高い地域完結型医療を目指しています。
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「はじめに愛があった その原点をみつめる」 吉村浩美

機関誌『聖隷』~これからの未来~に寄稿した原稿です。(2009.2)

「はじめに愛があった その原点をみつめる」 聖隷三方原病院 看護部長 吉村浩美

もうすぐ80周年
聖隷事業団は創立79年、人間でいえばもうすぐ80歳の傘寿となります。長い歴史の中事業団は発展を遂げてきました。リチャード・L・ダフトによると組織のライフ・サイクルは、「いくつかの危機があり対応しきれず停滞や衰退を経験しながら成長をめざす組織がほとんどである」と述べています。組織の中には巨大化しすぎて整理統合されたり、衰退し存続を危ぶまれることがあります。しかし、事業団は日本有数の医療・福祉・保健の事業体として成長を続けています。それは、成長を支えてきた職員の努力と危機をチャンスに変えて先駆的なことにチャレンジしこの分野の路を創りあげてきたからでしょう。

この時期に長谷川保氏がこの“仕事”を始めた当初をふりかえり、聖隷としての“仕事”を考えてみたいと思います。

はじめに愛があった
私が聖隷の由来を本気で考えたのは次長になった時だと思います。その仕事の跡は、三方原の地でホスピスや記念碑に、資料館に、理念に見出すことができました。彼たちの仕事に携わった方も多く、中でも大手歌子前看護部長からは「聖隷の名に込められている使命を忘れずにおこないなさい。」と『隣人愛』を教えら、創始者たちの本を渡されました。これから知り得たことは仕事の意味と科学的看護が80年近く前に行われていたことでした。不治の病と恐れられた結核により自暴自棄となっていた方が、彼たちの丁寧な看護によって生きる意味を見出し短くとも輝いた人生を送ったことに感動を覚えます。

さて、理念の継承者として部長を託された私は何度か信念を試されました。1つは2003年のキシロカイン過量投与事故でした。聖隷始まって以来の出来事であり、事実を隠さずご遺族とは真摯に向かい合い、今後大切な命を失うことのないよう再発防止に職員が一丸となった実感を持ちました。もう1つは2003年の重症急性呼吸器症候群(SARSウイルス)患者対応を病院管理者たちと検討し受け入れを決定したことです。聖隷の使命に対して管理者たちがぶれなく判断したことに安心し、この病院に誇りを感じたものです。そうはいっても受け入れた場合、職員の安全も守らなければなりません。机上の検討から隔離領域を定めてシュミレーションを行ったことは今も鮮明に覚えています。

非営利組織としての聖隷
私たちの組織は社会福祉事業を目的とした非営利組織であり、事業で剰余金を生じたときは当該法人が行う社会福祉事業または公益事業に当てるとされています。これが営利目的の企業との違いであり、余剰金に対して税金の免除があります。F・ドラッカーは「非営利組織の経営」で、使命を達成するために「機会と能力と信念」が必要であり、よき意図を成果に結びつけるために「計画とマーケティングと人と金が必要である」と述べています。

非営利組織といっても100以上の施設と10000人近くの職員がいるのですから、経営が安定していることは必須条件です。聖隷三方原病院の20年前は2~3億円/年の赤字でした。累計も多くこの危機に対して、急性期病院へと経営方針を転換し職員の努力で7~8年前から成果がでました。営利企業では利益がでなければ地域に必要な事業であっても切り捨てることとなります。そうなった場合職員も路頭に迷いますが、病気を持った方々が大変にお困りになったことでしょう。非営利組織であり聖隷だからこそ必要な事業を事業団全体の支援によって存続することができるわけです。

ただ、新規事業は人材の確保にご苦労されている話をよく聞きます。私たちの仕事は医療福祉サービスで多くのマンパワーによって支えられます。人材が確保できるかは経営シミュレーション同様に充分に考慮する必要があるといえます。

“仕事”の楽しさと聖隷三方原病院
“仕事”と就職先は個々がもつ選択の自由です。私は、中学時代のボランティアで子羊学園に訪問したこと、母の病気体験などで看護の仕事を選びました。そして、再就職先に聖隷三方原病院を選んでよかったと思っています。それは組織風土が開放的であり、チャレンジ精神が旺盛、尚且つ階層構造のない組織だったからです。患者さん、地域住民のためにと職種を越えてチーム医療ができること、これも当院の魅力です。

さて、新たな事業にドクターヘリ促進事業があります。救急領域に長くいた私は、病院で患者さんを待つ医療から現地に行って治療を開始する、言ってみれば打ってでる医療への転換は画期的でした。これによって救命率も社会復帰率も向上しました。また、東海沖地震が叫ばれますが、その際、病院が倒壊しては最善の医療を行うすべもありません。2008年開設したF号館は免震構造です。その整備に88億円の投資が必要でしたが、これによって災害時には大きな働きが期待できます。また地域から安心なお産も期待され、今春には院内助産所たんぽぽを開設しフリースタイルのお産が提供できます。とてもやりがいのあることです。

地域住民の期待は24時間の救急体制、小児・周産期医療、最先端のがん治療などがあり、行政は新型感染症、急性期精神医療、重度心身障害児施設の維持などを切望します。私たちはこれらの期待に応えられる病院としてさらに発展することでしょう。

長谷川保氏も八重子夫人も「人の生命程尊いものはない。キリストの名において行うことは最善でなければならない」と信念をもち、無一文でありながら日本随一と謳われた都築教授を招聘しての胸部外科手術や日本初のホスピス開設など成しえました。ドラッカーのいう「機会と能力と信念」この重要性がわかります。

人生において仕事に費やす時間は1/3ほどですが、これほど他者の人生や生活に真剣に向かい合う仕事はありません。これからも、この“仕事(看護)”に出会えた幸せを思いながら、発展的に聖隷の事業を次の代にも引き継ぎたいと思います。

「未来とは、既存の選択肢を進んでいくものではなく、新しく創っていくものである。それはまず頭脳と意思、そして行動によって創られる。未来とは、自然に辿りつくものではなく、自分たちで創りあげていくものである。路は探すものではなく、創るものである。創るという行動が、その人間と目標を向上させていくのである。」ジョン・スカール


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