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聖隷三方原病院は、地域医療支援病院として、質の高い地域完結型医療を目指しています。
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「花と緑にあふれる病院」 大手歌子氏

「花と緑にあふれる病院」 前総看護部長 大手歌子

今から60年ほど前
私が子供のころ、聖隷三方原病院には花が一杯に咲き乱れ、患者さんたちは厳しい療養生活の中で大変喜んでいた姿が思い出されます。

当時の病棟は現在のホスピスのように、すべて平屋で前にはテラスが付いていました。その前庭には一年中四季折々の花が咲き乱れ、雑木林のうぐいすの初音や小鳥のさえずる声のなかで、不治の病であった結核と闘っていました。

早春の森の小道にはかわいらしいすみれや春蘭そして金色のアカシヤ、4月にはチューリップ、ポピーなど色とりどりの花、5月にはさつきや山つつじ、6月には笹ゆり、あじさい、矢車草、夏には草むらの愛らしいりんどう、ききょう、くちなしの花、さるすべり、秋には道沿いいっぱいに咲き乱れるコスモス、金木犀、冬は水仙、山茶花、椿などでした。

ぼろの天使によって園内は花いっぱいになった
『神よ私の杯は溢れます』長谷川保著36ページに聖隷保養農園(現 聖隷三方原病院)が花いっぱいの園になったことを記述しています。一部要約し記しますと

「終戦の年の秋の半ばのある日、70歳ぐらいの老人が長谷川保園長の所に来た。この老人は身寄りも帰るところもなく、ご飯だけくれれば何でも働く、どこでもいいからおいてくれと保に懇願した。園には戦災者や引揚者、患者たちで一杯であったが、正直そうな人であったので、幸い畑の小屋の3畳が一つ空いていたのでそこに住まわせてあげた。

このぼろのおじいさんは、次の日になると畑小屋の苗木の箱を持ち出し近くの川に行って川砂を取って来て、庭のつつじや日おおぎ、銀葉アカシヤの種や小枝を切ってさし木をしたり種をまいたり、苗木を育てる仕事を一生懸命精を出している。銀杏を埋めたり、さるすべりの種をまいたり、山藤を掘って来て植えたり、桜の苗、いろいろな苗木、めずらしい深山つつじや白藤まで庭に植え込む。数年後には5万坪の庭は花いっぱいになってしまった。

園内を花いっぱいにしようとの保の願いは、たまたま拾ったぼろのじいさんによって、今日は病人や障害者や老人を慰めている。まるでアンデルセンの童話にでてきそうな、乞食に親切にしてやったら天使だったと言う話のように今も僕には思える」

私の願い
現在の聖隷三方原病院にはその面影がほとんど失われてしまった。私は退職後いつかまた多くの花に囲まれた病院を取り戻したいとおぼろげに心に抱いていたところ、2年前から友人とともにボランティアでホスピスの草取りを始める機会に恵まれた。今は草取り程度だが、夢は子供の時に見た花いっぱいの庭とし、患者さんの慰めになってほしいと願うのである。


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